学びを社会へ広げる大学生~「探究」を通じ世代超えた循環を、1杯のコーヒーで人と地域がつながる
学校現場に定着しつつある「探究学習」。本質や真理を深く突き詰める見方や考え方によって課題解決力を高め、変化の激しい時代を生き抜く力を育むことを目的としている。では身に着けた力は実社会でどのように発揮されていくのだろうか。今回、ロールモデルともいえる大学生2人の取り組みに注目した。ともに通う立命館アジア太平洋大学(APU)は、学生・教員の約半数が外国籍という「国際性」が特色の大学だ。また、観光が盛んな一方で急激な人口減少にも直面する地方都市・大分県別府市に所在している。そうした環境面も生かしながら、探究の日々を送る2人の思いを紹介したい。

「学生の先輩」として探究授業を展開
1人目は、APU公認の学生団体「DUCT」で昨年12月まで代表を務めていた4年生の鈴木悠栞(ゆか)さん(※学年は取材当時、3月卒業)。DUCTは「学生が『探究』できるきっかけを提供します」をコンセプトに掲げ、主に別府市の中高生を対象に探究学習の授業を展開している。

扱っているプログラムは、SDGs(持続可能な開発目標)・社会課題・キャリアなどさまざま。参加者からの評判が特に良かったのは、海洋プラスチック問題をテーマにした授業だという。別府市の海水浴場「餅ヶ浜」から実際に砂を持ち帰り、生徒たち自身の手でゴミとプラスチックを探してもらうもの。触って、考えて、最後はプラスチックでアートを作る。五感を使うことを大切にしながらプログラムを考案しているという。

授業の際に心がけているのは、先生でも社会人でもない「学生の先輩」として関わること。そのために模擬授業を重ね「相手と目線を合わせてしゃがんで話すことを徹底するようになりました」と振り返る。
APUの事務スタッフもDUCTの取り組みには注目しており、大学公式行事の中高生見学の場でもたびたび協力を求めているという。
日常的に探究する自分が好きだった
そんな鈴木さんが探究に目覚めたのは高校生の頃。多くの同級生は当然、受験勉強に集中する時期だ。率直に疑問をぶつけてみると「探究している自分が好きだったんです」と笑顔で答えが返ってきた。
通っていた高校は当時、テストの点数でクラスのランク分けが決まる環境だったというが「友だちと『なぜ男女は赤と青で色分けされるんだろう』といった疑問を日常的に話していました。そういう会話が本当に楽しかったし、先生方も理解してサポートまでしてくれました」と振り返る。こうした探究への関心は、総合型選抜受験の場面でしっかり生かせたという。
埼玉県出身の鈴木さんが親元を離れ別府市のAPUを選んだのは、異文化への関心からだった。進学した2022年はコロナ禍の真っ只中。海外留学にも興味があったものの留学するにも多額の費用が必要な状況だった。そこで、日本にいながら英語や異文化を学べる大学を北海道から沖縄までくまなく調べ、APUに行き着いたそうだ。
生徒たちの心が豊かになっていく
もともと「探究する側」だった鈴木さんは、なぜ「伝える側」へと回ったのだろうか。
「『勉強=楽しくない』『学ぶ=つらい』というイメージを少しでも変えたかったんです。探究する時間が大好きな自分こそがやるべきだと思い、立ち上がりました」
周囲からは懐疑的な意見も含めさまざまな反応もあったというが、あくまでも自分の好きなこと、得意なことを生かそうとした結果だったと鈴木さん。実際に活動を始めてみると、探究する生徒たちの心が豊かになっていく様子がよく分かったという。生徒たちが自信をつけていく姿を見たときに「やって良かった」と強く思えたそうだ。
今では団体活動の枠を越え、個人でも探究活動の授業を展開している。すべてを1人で担う中で、クオリティと対価が見合っているかを常に考えているという。悩むこともあるそうだが、母校の先生に相談したり、最近では生成AIを活用したりすることで、オリジナル性を出すことにこだわっている。
別府の環境を生かし、活動を幼児・高齢者にも展開
APUの環境によって培われたことも多いという。高齢化の進む地方都市・別府市で活動するメリットについて尋ねてみた。
「地方だからこその資源がたくさんあると感じています。自然も豊かですし、教育と組み合わせられる可能性が大きい」
現在は中高生向けの活動が中心だが、将来的には地域の幅広い世代へと対象を広げていきたいそうだ。きっかけとなったのは、別府市の市民文化祭「ベップ・アート・マンス」だった。子どもを対象に芸術へ親しんでもらうためのアート鑑賞会を開催したところ、偶然参加した高齢者との間で自然と対話が広がり、交流の場としての展開にも手応えが得られたという。

今後は、20世紀に活躍した発達心理学者エリク・H・エリクソンが提唱した発達理論などで思考力が育ち始めるとされる幼児後期(3~6才)の子どもたちへの知育も視野に入れている。幼児から高齢者まで、世代を超えた探究活動を展開していきたいそうだ。
異文化を否定せず受け止める
APUは国際性も大きな特徴の1つ。社会の分断が懸念される今、異なる文化を持つ人たちと良い関係を築くために、鈴木さんはどのようなことを大切にしているのだろうか。
「一番大事なのは『受け入れる』ことだと思っています。否定せずに『そういう人もいる』と、まずは一度受け止めることを大事にしています」
観光都市である別府市は、多文化共生社会に対する理解度が高い街だと鈴木さんは感じている。「この環境を生かしながら、探究を通じた学生同士の関わりが、家庭や地域にまで広がっていくような『循環』をつくりたいです」と、最後までまっすぐな目で語ってくれた。

一杯のコーヒーから始まった「探究」
鈴木さんと同じく自分の関心や問いを起点に「探究」し、学びを社会につなげるAPUの学生をもう1人紹介したい。「コーヒーが好き」という気持ちと「人々の交流を生み出したい」という思いから、別府駅前でコーヒー店「TUMUGU COFFEE STAND」を経営する国際経営学部3年生の金澤宏高さん(※学年は取材当時)だ。

金澤さんがコーヒーに惹かれたきっかけは、高校時代に両親と訪れたカフェで飲んだ一杯だった。そのおいしさに感動して自らもコーヒーを淹れるようになり、ラテアートにも挑戦し始め、学校で振る舞うようになった。当時通っていたのは、さまざまな背景をもつ生徒が全国から毎月のように編入してくる学校。金澤さん自身も進学校での挫折を味わい、親元を離れて編入した1人だったが、寮でコーヒーを片手に語らう中で「人と人をつなぐ力」を感じたという。
地域の縁を“紡ぐ”コーヒースタンドを開業
APU入学後もコーヒーをきっかけに国内外から集まる学生とのつながりが広がった。一方で、大学や寮が別府市の中心地から離れているため、地域の人と接する機会が限られていると感じたという。「コーヒーを通して、次は別府の人たち、観光客、学生のつながりを“紡ぎたい”」。その思いを形にするため、大学のコーヒー仲間と構想を練り地元商店街の町おこし企画に応募。2024年2月に、商店街の一角に設けられた屋台で「TUMUGU COFFEE STAND」が生まれた。

店づくりには仲間の力が大きな助けになった。多様な国・地域から学生が集まり、経験や意欲を評価する入試方式も取り入れるAPUには、ユニークな得意分野をもつ学生が多いという。例えば、ロゴデザインでは芸術系の短期大学出身の学生が、コーヒーの提供ではバリスタ経験のある留学生が強みを発揮した。
金澤さんはこうした仲間の能力を引き出しつつ、マーケティングや組織行動論、アントレプレナーシップといった大学での正課の学びも生かしながら店を経営してきた。
一方で、時間に対する意識の違いなど、文化的背景が異なるメンバーとの協働の難しさにも直面。シフトの組み方など運営の仕組みを工夫しながら乗り越えたと話す。
長く続く店を目指し、次の代へ
「TUMUGU COFFEE STAND」はさまざまなイベントでの出店も経て、2025年3月から現在の店舗での営業を開始。金澤さんをはじめとする親しみやすいスタッフが温かく迎えてくれ、コーヒーを片手に自然と会話が生まれる和やかな空間が広がっている。今では月に平均700人が来店するそうだ。地元の人や日本人学生だけでなく、留学生や観光客の利用も多く、隣の席から自国の言葉が聞こえ客同士での会話が始まるなど、まさに人と人とをつなぐ場所となった。

金澤さんはこうした取り組みや学生の存在が、人口減少や高齢化の進む地域の活性化にも寄与していると考えている。そのため、自身の卒業後も店が続くよう現在は後継者を育成中だ。2店舗目の準備も進めており(※取材当時、4月18日開店)、体制が整ったところで引き継ぐ予定だという。長く続く店にするために、自分の思いがこもりすぎるのは良くないと考え、後輩には「好きにやってほしい」と伝えている。

「まず動き出してみる」広がり続ける学びと人々のつながり
今後「TUMUGU COFFEE STAND」は、別府市での新体制による運営に加え、金澤さんの友人からの希望を受けインドネシアでのフランチャイズ展開も視野に入れる。金澤さんがコーヒーとともに紡いできた人と人のつながりが国外にも広がろうとしている。
コーヒーが好きだという気持ちから、その作り方、地域とのつながり、店舗の経営や事業継承、海外展開など、更なる関心や問題意識につなげ思いを形にしてきた金澤さん。挑戦したいことがあれば「まず動き出してみることが大事。地域の人と交流すると、学生の力だけではできないこともクリアできることがある」と語る。自身は今後、企業に就職して社会経験を積み新たな学びを得たい考えだ。一杯のコーヒーから始まった金澤さんの「探究」はこれからも続く。