探究・STEAMの現場から

神戸市の「KoLaBo」がつなぐ学校と専門知 カードゲームで学ぶ『人に寄り添うがん教育』

池田亜希子 / サイエンスライター
掲載日
2026.08.28

 神戸市教育委員会は、学校を外部の専門家とつなぎ特色のある授業を実現させる教育連携システム「KoLaBo(こらぼ)」を運営している。学校のどんな願いが叶えられているのか。神戸薬科大学助手の横山郁子さんが、神戸市立有野北中学校で行った「がん教育」の授業を取材した。子どもたちが、がん教育から学ぶ大切なことは、知識ばかりではない。

神戸市立有野北中学校。文部科学省の「教育課程柔軟化サキドリ研究校」に指定されたことにより、「裁量的な時間」を増やすなど自由度の高い教育が可能に。それを活用して今回のがん教育も行われた

ゲームを楽しむことで授業を特別な体験に

 「○○さんは、『日本に多いがん』の“大腸がん”のカードを持っていますか?」「持っています。はい、これ」「やった~カルテット!」

 6月22日の午後、神戸市立有野北中学校の2年生の教室のあちこちから、こんな声が上がった。生徒たちが取り組んでいたのは、「がんを学ぼう!メディカルテット」という、カードゲーム。この日は、開発者である神戸薬科大の横山郁子さんを迎えて、遊び方やカードの意味などを教えてもらった。

横山さんと「メディカルテット」を楽しむ有野北中学校の生徒たち

 カードは「日本に多いがん」「検査方法」「治療方法」「サポート」など8つのカテゴリーに分かれ、各カテゴリー4枚で構成される。プレイヤーは順番に、欲しいカードを持っているか相手に尋ね、相手が持っていれば受け取る。集めると決めたカテゴリーの4枚がそろったら「カルテット」と宣言し、より多くのカテゴリーをそろえたプレイヤーが勝ちとなる。相手の手札を予測するゲーム性がある一方、カードをそろえる過程で、がんの種類から検査、治療、患者への支援などで知っておきたい事柄を学べる教材になっている。

長年の取り組みから生まれた“伝えたいこと”

 横山さんが、がん教育を始めたのは2016年のこと。「がん患者さんや家族が集って悩みを話せるカフェをやっているのですが、がんや患者さんのことを多くの人に知って欲しいと思ったのです」。ちょうどその頃、学習指導要領に「がん教育」が加わることになり、横山さんの思いは叶えられるかと思われた。

 ところが、まだ新旧の学習指導要領の移行期間で、がん教育をする体制が整わない中では、受け入れてくれる学校を見つけることができなかった。それが知り合いのつてで、ようやく神戸大学附属中等教育学校で実施させてもらえることになり、以来コツコツと取り組んできた。その経験を基に2022年に生徒たちと「メディカルテット」を制作した。このカードゲームには、長年の取り組みを通して、「子どもたちに知ってもらいたい」と感じたことが詰まっている。

 「解説本もあるので、カードに書かれている内容を読みながら、自分たちの経験談や考えを話し合ってもらえれば誰でも授業ができます。今後のがん教育の広がりを支えてくれるはず」と横山さん。最近では、中学校及び高等学校での「がん教育」が全面実施になった上に、自身の授業を神戸市教育委員会の教育連携システム「KoLaBo」に登録したこともあって、直接授業をする機会も増えているという。

「メディカルテット」。内容もイラストも神戸大学附属中等教育学校の生徒たちの協力を得て作成。小学校高学年向けの教材も用意されている

学校での「健康・命」の学びを深めたい

 一方、今回の「がん教育」を依頼したのは、有野北中学校2年生の学年主任を務める市田智之先生だ。その理由を「『愛』を学年目標にしているこの学年では、『人のために何かをする活動』として、2025年に、がんで入院中の子どもたちが使う「中心静脈(CV)カテーテル」用のカバーをつくって病院に贈るというプログラムに教育委員会の勧めで参加しました。こうして始まった『健康・命』の学びを深めていきたいのです」と話す。

市田さん(左)と横山さん。「『健康・命』の学びを深めたい」と考えた市田さんが横山さんに依頼。「未来を生きる君たちへ~知っておきたいがんのこと~」と題して講演が行われた

 CVカテーテル用カバーをつくった生徒たちは、2026年に入り、「チャイルド・ケモ・ハウス」の田村亜紀子理事長から「小児がんの子どもをもったお母さんのお話」を聞くことになった。この団体は、がんなど重い病気で入院する子どもとその家族が離れ離れにならないように病院の近くで滞在施設を運営しており、その中には有野北中学校の生徒がつくったCVカテーテルカバーを使っている患者さんの家族がいるかもしれないのだ。そして、この機会をより意味のある体験にするために「田村さんの話を聞く前に基礎的ながん教育をしたい」と考えた市田さんが頼りにしたのが「KoLaBo」だった。

 「単に“知識”というだけなら、私たちが勉強して提供することもできるかもしれません。しかし、誰がその話をするかや、生徒たちがどんな体験をしたかが重要なことがあるんです。ここに外部講師に来ていただく意味があると思っています」。実際の問題に向き合う専門家の話から生徒たちが受け取るものは計り知れない。こうして市田さんは、「KoLaBo」のサイトで神戸薬科大のがん教育を見つけて横山さんに連絡を取り、打ち合わせの末に3コマ分の時間を使って講演と、その後で冒頭のようにカードゲームをしてもらうことにした。

自分や家族の健康への意識と、患者への思いやりを育む

 講演は、横山さんの「みんなに、がんのことを“正しく”知ってもらいたくて、ここに来ました」という言葉で始まった。がんは日本人の2人に1人がかかるとされ、誰がなってもおかしくない病気だ。ところが、早期発見のための検診の普及が進まないなど、社会的な問題も抱えている。

 横山さんは、「がんはどうしてできるのか」や「がんの原因はほとんど分かっていないこと」、「早期発見できれば治るので、自分も家族も検診に行って欲しいこと」などを丁寧に説明した。

 さらに、がん患者さんが痛みや不安、生活の悩みなどを抱えていることが伝えられ、そのための支援の仕組みが紹介された。そして、「その人たちを支えてあげることはできなくても、寄り添うことはできますよね。こうして誰もが暮らしやすい社会になったらいいなと思うんです」と中学生のみんなにもできることがあると言って講演を終えた。

生徒たちを巻き込みながらの講演。困っている人に「寄り添う」には相手の話に耳を傾ける「対話」が大切なのだと語られた

さまざまな学びのあった「がん教育」

 すべてが終わって、生徒たちに感想を聞くと、「ウイルス性のがんもあるので、がんはうつることがあるのかと思っていましたが、そうではないと分かって安心しました。でも早期発見が大事なので、大人になったら必ずがん検診を受けます」「小さい頃に、胃がんで祖母を亡くしました。辛そうな素振りは見せなかったけれど、しんどかったと思います。将来、医療関係者になりたいので、予防や検診の大切さをまずは身近な人たちに伝えます」「カードゲームで楽しく学べました。遺伝性だと分かっているがんはあまりないことなど、身近な病気なのに知らないことがたくさんありました。今日のお話で、僕も『社会のために何かしたい』と思うようになりました」といった答えが返ってきた。

 講演が始まる前、市田さんは「がんは身近な病気ですから、自分や周りの人がなってしまう可能性があります。そのために知識をもっておいて欲しいということはありますが、それを踏まえた上で、がんに限らず誰かが困っていたらそれに気づいて、その人にどう寄り添うかを考える機会になればと思っているのです」と授業への期待を話していた。

 生徒たちの感想からは、市田さんや横山さんの思いがしっかり伝わったことがうかがえる。また、横山さんをはじめメディカルテットを教えるために来校した神戸薬科大の学生たちの姿が、生徒たちにとっては「将来について考えるきっかけ」になったようで、「医療関係者になりたい」「社会のために何かしたい」といった言葉も聞かれた。

 外部から専門家を呼んで「知らない世界」に触れたことで、有野北中学校の生徒たちは期待以上のことを学んだようだ。

―神戸市の学校の外部との連携を支える「KoLaBo」―
 横山さんの思いと、市田さんの願いをつないだ「KoLaBo」とは、どのような仕組みなのだろうか。「子供が主役の学び」を目指す神戸市では、そのための産官学民連携を推進している。中でも、2025年10月に神戸市教育委員会がスタートさせた「KoLaBo」は、学校が企業や大学、NPO法人などと気軽に接触して、そのノウハウを生かした授業を依頼できる「教育連携システム」だ。提供される授業の内容(プログラム)が、担当する企業や講師とその連絡先、費用などとともに一覧表になって教員専用のウェブサイトに常時アップされている。先生はサイトを訪れ、依頼したいプログラムがあれば直接連絡先に問い合わせて日程などを決め実施できる。面倒な手続きがない上に、登録されているプログラムは教育委員会が事前に実施者と打ち合わせをしているので安心だ。がん教育のような医療関係から地域社会、防災、将来のキャリアのことまで、さまざまなテーマで115(2026年8月1日時点)のプログラムが登録されているので、学校教育の幅を広げるヒントも得られるだろう。

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