教科を超える授業づくりのヒント 品川区・JAMSTEC「海洋STEAM教育」教員研修から
これまでの教科の枠にとらわれない教科横断的な学びの手法「STEAM教育」。身近な課題を起点に、複数の教科で身に付けた知識や考え方を生かして探究する「総合的な学習の時間」とも親和性が高く、いま小中学校でもその導入が進みつつある。一方で「STEAM教育を始めたいが、何から手を付けてよいかわからない」という学校や自治体も多い。東京都品川区と海洋研究開発機構(JAMSTEC)の例から導入・実践へのヒントをリポートする。
6月18日の雨上がりの午後。品川区内の小学校体育館に、区立の小中学校教員52人が集まり「STEAM教育研修会(海洋STEAM教育)」が開かれた。講師は、有人潜水調査船「しんかい6500」などで知られるJAMSTECの市原盛雄さん(同海洋STEAM推進課長)。海の先端科学を扱う研究所の職員が教員に届けるこの研修会は、自治体と研究機関の特別なつながりに依存するものではないという。では、どのような経緯で実現したのだろうか。

理科からSTEAMへ。教員研修会の準備は講師探しから
「ちょうど良いタイミングで、講師派遣の制度を知りました」。そう話すのは、今回の教員研修会を企画した品川区教育委員会の今井正人さん(同事務局教育総合支援センター)だ。今井さんは、今年3月まで区内の中学校で社会科教員を務め、4月からはその教員経験を踏まえ指導主事として同センターに着任した。
同センターは、品川区内在住の幼児から児童生徒の教育に関する相談や支援のほか、教員向け研修の企画も担っている。同区では、これまでも区立学校の理科教員を対象とした実験器具や試料の安全な扱い方について「STEAM研修会」として年3回実施してきたが、担当教科に限らず多くの教員に門戸を広げるため、今年から内容を再編し、外部の講師を招いた講演会とすることに決めた。

内容を方向転換した「STEAM研修会」の準備を進める中で課題となったのが講師の確保だった。「依頼しようと思っていた講師とスケジュールがあわず、どうしようかと悩んでいました」と今井さんは当時を振り返る。
その後、講師を検討する中で目に留まったのが、STEAM教育の充実と科学技術分野の次世代人材育成を目的に、文部科学省が国立研究開発法人の研究者等を任命する制度「科学技術教育アドバイザー」に関する案内だった。タイミングよく同制度が講演会の講師派遣もしていることを知り、今井さんは申し込みを決めたという。
申請にあたって今井さんは、事務局である文部科学省の担当者に、研修の目的や参加規模、実施時期、希望の講演テーマなどを詳細に伝えた。自然や海に親しみがあったという今井さん。その海を希望テーマとした講師派遣が無事に通り、JAMSTECの市原さんによる「海洋」をテーマとしたSTEAM研修会の開催が決まった。
研修当日 海は教科を横断する学びのフィールド
制度の活用から6週間が経過し、JAMSTECの市原さんが講師を務める研修会の当日を迎えた。会場には、区立のすべての小中学校(義務教育学校を含む)46校から各1人以上の教員が参加。若手だけでなくベテランの教員の姿も見られた。
市原さんは冒頭「できる限り、皆さんの授業に役立てられるようなコンテンツや話題を提供したい」とあいさつ。さらに「ご不明な点があったら、ぜひ質問していただいて、対話的にやらせていただけると、80分がより濃いものになります」と参加者に呼びかけ、研修が始まった。

所属研究機関の説明をひと通り終えた市原さんが話題にしたのは、海から一見遠いようにも思える「クマ」だった。
「なぜクマが人里に出てくるのか。その背景をたどると、餌不足や植生の変化が要因としてあげられ、そこには気候変動が関わっている可能性があります。このほか、水産資源、台風、豪雪、海洋酸性化、海洋プラスチック、津波など、私たちの暮らしに関わる多くの課題は、地球表面の約7割を占める海と深く結び付いています。予測困難なこれからの時代は、目の前に起きている現象を追いかけるだけでなく、『なぜ、それが起きるのか』と本質をとらえて課題解決へと導く能力が問われています」と市原さん。
そのうえで、「海は物理、化学、生物、地学にとどまらず、水産業などの社会や技術・家庭科などの生活、さらには音楽や文学など広い分野で扱われます。『海』は、STEAM教育という教科横断的な学びに適したフィールドであり、『題材』です」と市原さんは参加者に訴えた。

JAMSTECが開発した授業で使える「6つの補助教材」
続いて紹介されたのは、JAMSTECが青森県八戸市や北海道函館市と開発した全6テーマの補助教材だった。テーマは、海の生き物、海洋プラスチック、地震と防災、深海探査、北極の研究など、海を起点に幅広い内容を扱う。

補助教材は、児童生徒用のテキスト・ワークシートに加え、教員向けの指導書・学習指導要領との対応マップ・板書計画や解答例を示す朱書編(授業実施用ガイド)などで構成されている。いずれも実際の授業で使うことを想定して作られており「総合的な学習(探究)の時間」を中心に、理科や社会などの教科でも活用できるという。例えば神戸市の小学校では、第1巻「海の生き物と環境の変化」を社会科の水産業の学習に取り入れ、瀬戸内海で春先に漁獲される小魚・イカナゴ漁の不漁と結び付けた授業が行われた。
また、ワークシートの特徴は、問いに対する自分の考えを書く欄が設けられていることだ。児童生徒が正解のない課題に向き合い、自分なりに考えを表現できるよう工夫されている。
全6テーマの補助教材について、市原さんは参加者である教員に対し「つまみ食い」形式での利用を勧めた。「すべての補助教材を順番に活用してもらってもよいですし、つまみ食い形式で、部分的に活用してもらっても、どちらでもかまいません」と教員が授業に取り入れやすい使いやすさを強調した。

さらに印象的だったのは、実際の授業の様子を映した動画だ。児童生徒がどのような様子で授業に取り組んでいるかがよくわかる。また、時間の都合で見られなかったが、実際に補助教材を利用した教員の話も別途公開されているという。
最後に、市原さんは、会場である品川区とからめて「品川の一部はその昔、『海』でした。海にゆかりのあるこの品川区で、海をテーマにした授業を広めていってもらいたいです」と研修会を締めくくった。
研修を終えて 専門知を授業につなぐ教員たちの一歩
80分にわたる研修終了後、講師の市原さんを囲む数人の教員の姿が見られた。
今回の研修会に参加した30代女性(担当教科は理科)は、「これまでの安全管理を中心とした研修と比べ、子どもたちに直接還元できる内容だった。大きく探究として組み立てるには準備が必要だが、まずは生物分野の授業の中で海の話題を取り入れるなど、細かい部分から子どもたちに海のことを伝えていけたら良い」と今回の研修会を評価した。

実は、教員研修会の講師がほとんど初めてだったという市原さん。「(JAMSTECが)開発した補助教材のターゲットは、学校の先生。先生方に直接届けられる機会をいただけたことは大きかった。教材を起点に様々な授業が品川でつくられ、実践されていくことを期待したい」と研修会の手応えを語った。研修会の会場が閉じるまで、今回の「海洋STEAM教育」の授業案について熱心に相談する参加者も現れていた。
研修会を終えて、企画した今井さんは「教科書の内容のもとになっている専門的な知見や、研究の根本にある調査現場の様子を交えて、STEAM教育を学べたことは良かった」と話したうえで、研修の内容をより実践につなげるには、「カリキュラムなど年間の教育計画がある中で、専門家がもつ最先端の知見や海洋STEAM教材をどのように各校の授業に活用し、どう生かすか。研修でそのヒントを提供していく過程の中で、教員ならではの経験や視点が生きる」と教員側の視点の重要性を指摘した。
今井さんは「先生方が『授業に取り入れてみたい』と思える研修会を自治体が提供し、参加者がその中で紹介された素材(教材コンテンツ)を使用した授業をつくっていく。この研修会を起点として、そうした取り組みを区内に広げていきたい」と企画したSTEAM研修会に対する思いを語った。
外部との連携を視野に入れ、授業や研修のあり方を変える
先端的な科学技術に詳しい研究機関と、教育のエキスパートである学校教員が結び付くことで、新しい時代の学びのあり方が見えてきた。今回紹介した制度などを活用すれば、こうした連携は決して特別なものではない。
STEAM教育の実践に課題を感じているのであれば、外部の専門機関に目を向けてみることも一つの手だ。JAMSTECのような研究機関は、学校現場との連携に門戸を開いている。問い合わせるという小さな一歩が、授業や研修のあり方を大きく変えるきっかけになるかもしれない。