探究・STEAMの現場から

【先端科学 お届けします】「将来の夢が決まった」研究者・同世代と難題に挑んだ夏の4日間、理化学研究所「サイエンス合宿」

伊野恵里子・関本一樹 / 科学技術振興機構 総務部ポータル課
掲載日
2026.03.31

 1917年の創設以降、最先端の自然科学を推進する総合研究所として100余年にわたり⽇本の基礎研究を牽引し続けている理化学研究所(理研)。そんな理研には毎夏恒例の合宿がある。理研和光地区(埼玉県和光市)において、国内外から高校生などを集めて行われる「RIKEN和光サイエンス合宿」だ。選考を通過した高校生たちが最先端の基礎研究に携わる研究者から直々に指導を受け、自らがグループで研究を行う。2026年度の募集が4月中旬に開始されるのを前に、昨年行われた合宿の模様を詳報する。

理化学研究所本部棟(埼玉県和光市)。2025年度の合宿は7月28日から31日の4日間にわたり開催された

職業としてのイメージを持ち帰る

 昨年の合宿は、最寄りの和光市駅に至る東武東上線の大幅な遅延から始まった。定刻を過ぎても開会とはならず、参加者の面持ちはみな落ち着かない。不安を察知し、すかさず笑顔で話しかけるのは、合宿を取り仕切る河野弘幸さん(和光事業部総務課 兼 広報部)。理研の研究者として20年以上にわたりレーザーの脳科学への応用研究へ打ち込んだ後に広報職へキャリアチェンジし、現在は科学の楽しさを伝える外部向けイベントを年に何回もこなす理研の「顔」ともいえる存在だ。精力的な活動が認められ、昨年4月には文部科学省の科学技術教育アドバイザーにも任命されている。

3年前の合宿で研究者として講師を務めた際、ほんのわずかな期間で大きく成長する高校生の姿に感動したことがキャリアチェンジのきっかけとなったという河野さん

 河野さんは合宿の狙いについて「理研は妙に敷居が高い印象を持たれています。その結果、高校生から『将来の職場』としての選択肢に入れてもらえていません。合宿では研究者が身近な存在だと感じてもらえるような場をできるだけ設け、職業として具体的なイメージを持ち帰って欲しいと考えています」と語る。確かに、合宿を通じて研究者の振る舞いや考え方などを同じ目線で感じることは、進路としての解像度をグッと上げるのに持ってこいといえるだろう。実際、過去の参加者には研究者の道を志し、博士課程の大学院生として理研に戻り研究に携わっている人もいるという。

6.5倍の狭き門、周囲のサポートによる参加も

 今回の合宿は脳神経科学、創薬、量子数理科学のテーマ別に3グループに分かれて行われた。それぞれに高い関心を持つ高校生16人が約6.5倍の狭き門を突破して参加。自己紹介では各々が意欲を語るとともに、参加したきっかけについて「研究者を目指すため日本一の研究所で学びたかった」と自ら調べて応募した生徒もいれば、「自分の関心事を分かっていた学校の先生が教えてくれた」と周囲のサポートがあって参加した生徒など、きっかけはさまざまだった。

 はじめはよそよそしかった参加者たちだが、お互いの熱意や背景をひとたび見せ合ってしまえば、大人の出番は限られてくるものだ。いつの間にか輪ができ上がり、あちらこちらで会話に花が咲く。列車遅延の影響で遅参した数人に対しても、先着組が「こっちで話そう!」「名前は?」と温かく迎え入れる様子には、遠巻きに見守る河野さんたちスタッフも目尻を下げるばかりだった。

創薬コースは研究で使う白衣のサイズを選択。翌日からの本番へイメージが湧いたのか、瞬く間に生徒たちの表情が明るくなった

最新の研究も合宿と地続き

 初日は理研の歴史や最先端研究に触れる所内ツアーが催された。最初に訪れた理研ギャラリーでは、1万円札でおなじみの渋沢栄一翁らの尽力により理研が設立されたこと、日本各地に世界最高峰の研究施設が所在することなどが紹介された。

理研の研究者たちがセレクトした科学本100冊を展示するコーナーは大人気。会話がなかなか途切れなかった

 続いて訪れた脳神経科学センターの展示室「Brain Box」では、あっと驚く「脳の不思議」を体感。それと同時に、展示に関連した理研の研究成果が、世界の脳神経科学研究を加速させていると説明を受けたことで、最新の研究も今回の合宿と地続きの関係にあると実感できた参加者もいたようだ。

「Brain Box」にはゲーム感覚で体験できる展示が多数置かれ、参加者たちは時間が足りなくなるほど思い思いに楽しんでいた

量子コンピューターとの対面、特別な瞬間に

 この日一番の盛り上がりを見せた瞬間は、量子コンピューター「叡(えい)」の実機見学といって良いだろう。見学に先立ち、「芸能界だとマネージャーみたいな立場」と語る深萱(ふかがや)恵一さん(数理・計算・情報科学研究推進部マネージャー)から量子コンピューターの研究開発をめぐる最新事情が語られた。いち早く実用化にこぎつけて覇権を握るべく各国がしのぎを削る中で、理研も存在感を示していること、一方でクリアすべき課題がまだ山積みであること。深萱さんから語られるこうした現状が、この道を志す高校生たちを刺激する。

 そしていよいよ叡と対面する瞬間が訪れた。室内に足を踏み入れるや「ヤバイ」「鳥肌が立つ」など感嘆の声が一気に湧き上がる。帯同する理研のスタッフも「実は初めて見た」という人がほとんどで、こうした特別な体験を得られるのも、この合宿の醍醐味といえるだろう。

深萱さんによる叡の説明時は、聴き入る生徒の視線にも熱が帯びていた
初日は理研の食堂で夕食をとって終了。河野さんらも輪に溶け込んで会話を盛り上げていた

実践とロマンが詰まった研究、和気あいあいと

 次に編集部が訪れたのは3日目。2日目からコース別に進められていた研究が佳境を迎えていた。

 「fMRIで見るあなたの脳活動」がテーマのAコースは、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて、参加者自身の脳活動を記録・解析する。fMRIは通常のMRIに加え、脳の活動を測定できる機能が備わった手法。認知機能や意思決定のメカニズムの理解に活用されている。今回はfMRIを用い、自分たちが手を動かしたときに脳がどのように活動しているかを調べた。

 取材時、参加者は「動かしたとき」と「何もしていないとき」の、脳活動の違いをモニターで比較している最中だった。「大学院レベルの研究です」という研究者の発言に刺激を受けたのか、メモを取る手にも熱がこもる。自身のfMRI画像を観察しながら「自分の身体なのに、自分で見られない部分だからおもしろい」「手を動かす前後で、本当に脳活動に変化があるんだなと実感した」と驚きをもって語る姿が印象的だった。

「わたしたちの脳の断面」というキャッチーなビジュアルをどう発表に生かすかを和気あいあいと検討している様子からは、科学的探究と自己理解が交差する学びの深さが感じられた

 Bコースのテーマは「創薬研究体験~酵母を使って分子標的薬を探そう~」。がん治療などで注目される分子標的薬を、酵母を用いて探すチャレンジだ。タンパク質の働きを阻害することで酵母の生育を回復させる化合物「タンキラーゼ」を見つけるという、創薬研究の基本的な流れを実践的に学ぶ意図で企画された。

 訪れた際、参加者たちは白衣と手袋姿で測定を行っていた。合宿2度目の実験らしく、実に手際が良い。実験が順調に進んでいることを示す色の変化が現れると、「青くなったー!」と大きな歓声が上がる。繊細な作業の緊張がほどけたときの高校生らしい素朴な反応も実にほほ笑ましい。さらにテクニカルスタッフが同じ作業をやって見せた場面では、あまりの手際の良さに「すご!」「はやい!」と憧れのまなざしを向ける姿が印象的だった。

実験の進め方や役割分担について常に話し合うとともに、臆することなくスタッフへ質問をする姿勢には主体的な学びが感じられた

 量子論の核心ともいえる「量子の世界に迫る~量⼦コンピュータで⾒るベル不等式の破れ~」のお題を与えられたCコースは、実際に量子コンピューターを用いながらこの難題に挑んだ。2022年ノーベル物理学賞にも関連するテーマで、課題への挑戦を通じて量子の不思議と未来の技術に触れる機会を得るのが狙いだ。

 指導を担った研究者の1人は「今回のテーマで量子コンピューターを使う明確なメリットはありません。でも、憧れの最先端マシンを使えるのはロマンがありますよね」と理研が実施する合宿ならではの価値も強調。その魅力が参加者の意欲を奮い立たせていたようで、3コース中最多となる8人の参加者たちは「とにかく熱意を込めて応募しました」と口を揃える。まだ出会って3日目の関係性ながら「メンバーとは遠慮なく好きな科学の話ができるんです」とも語っていた。聞けば、ホテルでも部屋に集い、熱心に議論を交わしていたという。

理論と実習、そしてロマンが融合し、出会った新しい仲間と学びの楽しさを実感できる合宿になっていると感じられた

 各コースともに、専門的な内容に触れながらも必死に理解し、自分の言葉で表現しようとする意欲的な姿勢が共通して見られたのが印象的だった。

誤算もありながら難題をクリア

 迎えた最終日の午後。成果報告会が催され、各チーム12分間のプレゼンテーションで合宿の成果を披露した。聴講者には指導した研究者たちだけでなく理研の理事らも加わり、空気が一気に張り詰める。それに呼応するかのように、さっきまで賑やかだった参加者たちの面持ちも、こわばったものへと一気に変わっていった。

成果発表会の開会あいさつで温井勝敏さん(理研理事)は「合宿が研究者人生の出発点となって欲しい。将来、研究者として理研の門をくぐってくれたら」とメッセージを送った

 前夜は各チームとも日付が変わるまで準備にあたっていたという。その甲斐あってか、緊張をまといながらも実に堂々としたプレゼンテーションを展開。全てのチームが与えられたお題を無事にクリアしていた。

 質疑応答タイムに移るといくぶん緊張が解け、成果をまとめるまでの過程が和やかに語られた。誤算として挙げられていたのが、実際の研究現場ではデータの処理に膨大な時間がかかること。最先端機器が揃う研究現場では欲しいデータが即座に得られると思い込んでいたようで、翌日になってようやく整ったデータを見ることができたときには、感動を覚えたという。また、お題を与えた研究者すら「無理だと思っていた」という難題を与えられたグループもあったが、力を合わせて解いてみせた。

 さらに参加者は「実践を通して手法を学べたことが有意義だった」と口を揃えるとともに、「人類や社会に貢献する技術の基盤となる基礎研究の重要性を認識した」「研究者が高い志を持ち、多くの時間や労力を投じている姿に心を打たれた」などと、研究現場に身を置けたからこその感想も多く聞かれた。

講評の中で野崎京子さん(理研理事)は「世界を救うなどとプレッシャーを感じず、サイエンスをエンジョイして」とエールを送った

 成果発表会の終盤では理事長の五神真さんが、修了証を1人1人に贈呈しながら参加者を労った。

にこやかな表情で参加者に修了証を手渡しし、イベントに花を添えた五神さん

将来像が明確に、視野を広げる重要性も

 参加者たちは合宿を振り返って「将来について深く語り合うことができた」「自分が狭い世界で生きていたとわかった。広い世界を知るために色々な人の話を聞きたい」「コーヒータイムで研究者と話したことで、将来の夢が研究者に決まった」などと、合宿でしか味わえない出会いと、解像度の上がった将来展望を興奮気味に語っていた。

 一方、研究者たちからは「説明の“行間”までを深読みしないと解けない教え方をしたのに、力を合わせて解いてみせた」「将来が楽しみな気持ちが8割、末恐ろしい気持ちが2割」「著作権に配慮するなど情報リテラシーの高さも持ち合わせていて驚いた」と舌を巻きつつ、「世界は広い。物事を柔軟に見ながら、興味のあるところを伸ばして欲しい」と研究以外の分野にも視野を広げる重要性に触れていた。

 最後に、河野さんに4日間を振り返ってもらった。

 「ここに集まる高校生たちには研究者たちがびっくりするほどの才能があると感じています。合宿を、将来より良い人生を送るためのきっかけにして欲しいですね。『将来像がだいぶ見えてきた』と言ってくれた参加者も多かったですが、実際の研究現場や研究者の姿を見られるのは貴重な体験だと思います。色々な人と会ったことで、視野が広がってくれたら良いですね。」

 解散後も、参加者と研究者の輪はなかなか解けなかった。その光景を見た河野さんは「やみつきになりますよ、この雰囲気には」と満面の笑みを見せてくれた。

 2026年度の募集開始は間もなくだ。テーマは毎年変わるというが、河野さんらは今年も最先端の研究に触れられる場を提供すべく準備に汗を流している。研究の世界に関心を持つ高校生にとっては、今年もまたとない経験の舞台が用意されることだろう。

修了証を手に記念写真に納まる参加者・研究者たち・理研役員ら

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