【先端科学 お届けします】高校生が量子ビーム科学の最前線へ 北海道大学×北海道新聞社「アカデミックファンタジスタ」
ファンタジスタとは、天才的なひらめきと卓越した技術による創造的なプレーで観客を魅了するサッカー界のスーパースターのこと。この賛辞にあやかった研究界のファンタジスタたちが、高校生を知の最前線に誘う取り組みがある。北海道大学が北海道新聞社と連携して実施する「アカデミックファンタジスタ」だ。研究者のアウトリーチ活動として、内閣府の「国民と科学・技術対話」の一環で2012年から道内全域を対象に実施している。昨年11月10日、北の大地で躍動するファンタジスタが高校生たちを魅了した講義を取材した。

ミクロの世界を可視化する量子ビーム
例年より少し早く雪の積もった北海道大学を、北海道小樽潮陵高校の生徒たちが訪れた。この日の担当教員は、北大工学研究院准教授の佐藤博隆さん。量子ビーム科学の専門家であり、2023年にディスティングイッシュトリサーチャー(卓越研究者)の学内称号を得ている。

講義のタイトルは「量子ビームで古今東西の不可視世界を覗く(のぞく)」。佐藤さんによると、量子ビームとは向きのそろった多量の放射線の束だという。恐竜の時代から未来まで「いつでも」、人体の内部から宇宙の果てまで「どこでも」、肉眼では見えない謎の世界を量子ビームを用いて見えるようにするのが佐藤さんの仕事だ。
放射線の種類×エネルギーで活用方法は無限大
「みなさん、朝ごはんに何を食べましたか。ゆで卵を食べた方はいますか」と、佐藤さんが問いかける。あいにく誰も食べていなかったようで手は挙がらなかったが、「ゆで卵の中はどうなっているのだろうと、量子ビームで覗いてみました」と続けた。

ひとくちに量子ビームといっても、その数は放射線の種類だけある。例えば病院の検査で頻繁に用いられるエックス線や、がん治療に使われている陽子線などは私たちにとって身近な存在だろう。さまざまな量子ビームがある中で佐藤さんが主に使っているのは中性子線だ。

中性子は電気的に中性なので、透過能力が高い。エックス線だと鉄や鉛にさえぎられてしまう場面でも中性子線はすり抜けることができ、水にぶつかるまで止まらない。放射線はそれぞれに特性があり、見えるものが異なるのだという。

中性子の特性の1つに、エネルギーの高低で違った反応を示すことが挙げられる。高エネルギーでは「粒子放出」、中エネルギーでは「共鳴吸収」、低エネルギーでは「ブラッグ散乱」といった具合にだ。エネルギーの状態に応じて、透過して見えるものがそれぞれ異なってくるという。
「ここが一番重要なポイントです」と前置きして、佐藤さんは言う。「放射線の種類と、そのエネルギーをいろいろと変えて掛け合わせると、活用方法は無限の可能性があります。私は主に中性子を活用していますが、まだまだやれることがあると思って研究を続けています」。
■世界的にも珍しい中性子の実験室を見学
北海道大学には、量子ビームでミクロの世界を見るための大型実験装置がある。それが、電子線形加速器「北大LINAC(ライナック)」と加速器駆動パルス中性子源「HUNS(ハンズ)」。中性子を発生させられる大学の実験室は世界でも珍しく、特に冷中性子と呼ばれるエネルギーの低い中性子を発生させられる点が世界の大学を見渡しても極めてユニークだという。そうした貴重な施設を研究者の解説付きで見学できるのが、アカデミックファンタジスタの売りの1つでもある。
まず案内されたのは加速器制御室。加速器の電子ビームの量や向きをコントロールしたり、加速器の中の真空度をモニターしたりするための部屋だ。実験者が安全に作業するために何重にも安全対策が施されていて、条件がそろわないと加速器は動かない。一見、華やかに見える先端研究の世界でも、安全確保のために地道な努力が重ねられているのだ。

次はモジュレータ室。ここの装置ではマイクロ波という電波を発生させる。その出力は15メガ(メガは100万)ワット。数字だけ聞いてもピンと来ないことを織り込み済の佐藤さんは、家庭用の電子レンジ2万台分あるいは東京スカイツリーの電波出力の1000倍に相当すると説明。強力なマイクロ波は、電子を加速させるために導波管を通して加速器へと送られる。

続く電子線形加速器室で、ついに北大LINACと対面する瞬間が訪れた。電子銃と呼ばれる装置でつくり出される電子は、2本の加速管に投入されたマイクロ波に乗ってスピードを上げ、光の速さまで加速していく。そのエネルギーは32メガエレクトロンボルト。聞きなれない単位だが、世界的に有名なゲームに登場する10万ボルトを放つネズミのモンスター320体分に匹敵する32メガボルトのもとで加速される電子ビームのエネルギー(速度)だという。その電子ビームを1秒間に100回も放出できるのがこの加速器のすごさだ。

ここで生徒から「導波管から投入されるマイクロ波の向きは、どのように調整されていますか。逆向きになっていると、電子を減速させてしまうのでは?」と質問が出た。
佐藤さんは「いい質問ですね」と微笑みながら「導波管そのものがマイクロ波の向きをそろえる構造になっていて、加速管も同様にマイクロ波の向きをそろえる構造をしています」と疑問に答えた。
文化財を壊さずに調査、名刀の内部構造も明らかに
光速の電子ビームは中性子発生ターゲット室へと誘導され、偏向電磁石で3方向へと振り分けられた後、中性子発生源という装置へと運ばれる。ここでは高~低エネルギーそれぞれの中性子をつくり出すための装置がそろい、光核反応を利用して原子核から中性子を取り出している。

最後に案内された部屋は中性子ビーム実験ホール。19メートル×13メートル、高さ7メートルの広い空間で、北海道大学が開発したさまざまな実験装置が置かれている。それらを使い、佐藤さんらは中性子ビームで見えない世界を覗いているのだ。
ここで再び質問が出た。「ここに持ち込まれた文化財には、どんなものがありますか」。序盤に文化財も覗いたと言っていた佐藤さんは「日本刀に加え、古代インドのダマスカス鋼ナイフ、韓国の食器などがあります」。中性子ビームはモノを壊さずに内部構造を見られるため、文化財の分析調査に向いているのだという。

高校生、北海道大学での研究を目標に
中性子ビームの実験では、放射線による「照射」「透視」という2つの技術を用いているという。照射は対象物を「変える」もので、がん治療や品種改良に有効な手法だという。一方、透視は対象物を壊さずに「見る」もので、製品の非破壊検査などに活用されている。
佐藤さんは「照射」も「透視」も数多く手がけてきた。2026年度から新設される「量子エネルギー医工学コース」では、いま以上に他分野と協業しながら照射と透視を融合した仕事に取り組んでいくという。例えば、宇宙から降り注いでいる放射線「宇宙線」が半導体や通信機器などを誤作動させる「ソフトエラー」は、デジタル社会における大きなリスクの一つだ。そこで佐藤さんは、さまざまなものに与える影響を測り対策を講じるため、「中性子でダメージを与えて、それを中性子で分析する」という研究を始めようとしている。
「生まれ変わっても量子ビームの研究をしたい」と話す佐藤さんが量子ビーム科学に興味をもったきっかけは、高校生のときに科学雑誌で重粒子線がん治療装置の記事を読んだこと。高校生には進路の選択肢の一つとして量子ビーム科学を考えてほしいと願っている。

今回の参加者には、医療に欠かせない量子ビームに関心をもち、実験装置を見たかったという人もいた。この日の感想を聞いてみると、開口一番飛び出たのは「百聞は一見に如かず」の一言。知識はあったものの実感が伴わなかった中で、佐藤さんの話を聞きながらさまざまな実験装置を目の当たりにし、量子ビーム科学を身近に感じたという。目には見えない中性子の扱い方を理解しさらに関心が深まったようで、北海道大学に進学して研究したいと決意を新たにしていた。
今回の講義で事務局を担った齋藤有香さん(北大広報・コミュニケーション部門)は「高校生の皆さんも引率の先生も、目をキラキラさせながら見学されていたのが印象的でした。北大の最先端の研究に直接触れていただき、生徒さんが『実りがあった』と言ってくれて、我々もうれしかったです」と、この日の成果を語ってくれた。
インターネットを通じてさまざまな情報へ気軽にアクセスできる現代。それでも研究の最前線で直に触れることでしか得られないものが必ずある。アカデミックファンタジスタは、北海道の高校生にとってその貴重な場の一つと言って良いだろう。
関連リンク
- 北海道大学リサーチタイムズ「アカデミックファンタジスタ」
- 北海道大学中性子ビーム応用理工学研究室「佐藤博隆」
- 北海道小樽潮陵高等学校