【先端科学 お届けします】プログラムを書き換えてホバークラフト自動操縦を体験 日本財団の無人運航船プロジェクト
カメラやレーダーなど様々なセンサー情報を統合して周辺状況を判断する無人運航船の障害物検知や自動操縦の技術を体験する講座を、愛媛県立今治工業高校の1年生を対象に日本財団が5月に実施した。入学直後の時期にはまだ習っていないプログラミング技術も登場。生徒は思い通りにホバークラフトを操船しようと自分たちでプログラムを書き換え、試行錯誤を繰り返した。IT企業やメーカーで実際に働くエンジニアが講師役やスタッフとして参加しており、生徒は社会課題をエンジニアが解決していく過程を追体験した。

子どもたちに海事産業への夢を持ってもらいたい
体験講座の下敷きになっているのは、2020年から進む「無人運航船プロジェクト『MEGURI 2040』」だ。海運、造船会社をはじめ、舶用電子機器メーカー、研究機関など100ほどある団体・企業が参画する、将来的な人手不足を見越したプロジェクトだ。地方自治体が主催するボートレースの売上金を活動資金として海洋・船舶に関する事業を手がける日本財団が、海事分野の課題解決に向けて実際に無人運航船で使われる技術を児童、生徒、学生に紹介する講座を企画・運営している。学校の要望に応じて、海が近くにあるかどうかを問わず、全国で体験講座を実施する。
体験講座を実際に運営したのは、プログラミング教室の企画開発から運営までを教育サービスとして提供している企業「KAMAKEのすすめ」だ。日本財団から業務委託を受けた。同財団の「将来を担う子どもたちに海事産業への夢を持たせ、無人運航船が当たり前にある未来を想像してほしい」というニーズをうけ、市販品にカメラやマイコン基板を搭載して物体検出やパソコンからのプログラム制御が可能となったホバークラフトを用いた講座を企画した。ホバークラフトは実際に教室内に置いた簡易プールに浮かべて操船する。

体験講座は、日曜日9時~13時の4時間に渡った。機械造船科の1年生32人を4つのグループに分け、授業を行う。グループごとに生徒やスタッフの自己紹介がすむと、船舶の運航ルールなどの説明、方向転換の難しさを知るためにリモコンを用いた手動によるホバークラフトの操縦といった導入を経て、プログラミング制御の講義と実践、物体検出技術とその技術を用いて障害物を回避する自動制御の講義と実践へと進んだ。10分休憩を3回はさみ、座学と実習を15分程度で切り替わる構成で生徒が飽きてしまうのを防ぐ。
戸惑いながらも興味津々で試行錯誤
生徒は、当初はまだ習っていないプログラミングなどの説明に戸惑い気味な様子を見せた。しかし、ホバークラフトを手にすると、カメラに顔を向けたり、船の底を確認したりと興味津々。進む方向を自在に制御しようと、ホバークラフト後方に2つあるプロペラから送風する強さを調節するプログラムコードの数値を変えながら試した。方向制御を一通り体験すると、カメラで検出したブイを模した物体の手前でとまったり、旋回してよけたりする「ミッション」もこなした。
生徒は2~3人で1台のホバークラフトを操作する。普段はメーカーやIT企業で働いているスタッフ1人が、生徒6~9人程度を見て回り、どの作業で行き詰まっているか確認し、コードの意味が分からない時は説明する一方、変更すべきコードやどう変更するかについては生徒とともに試行錯誤した。

停止や方向転換のミッションをこなすうち、プログラミング操作に慣れてきた生徒は、仲間と一緒に改善点と打開策を検討し、分かったことを教え合う姿が見られた。中にはホバークラフトに「ひまり号」「ジャックスパロウ号」「みはな号」などといった名前を付け、どの船が一番ミッションを華麗にクリアしているかを競い始める生徒もいた。

進水式などリアルな現場を求める教育
体験講座は、地域や学校の特色などに応じて設けることができる学校設定科目「いまばり船学」で実施した。愛媛県立今治工業高校機械造船科長の藤原清人教諭によると、造船業が盛んな愛媛県今治市においても、機械造船科の人気はそれほどでもない。人材育成を担う工業高校として、1年生から授業で造船所社員の講演や進水式の見学など、リアルな造船業の現場に触れることで生徒の関心を高めている。新たな授業形態を模索していたところ、今治市海事都市今治推進課から日本財団が体験講座を開いているという情報を得たという。
実際のプログラミングに触れて学びの動機付けに
講座で生徒が体験した自動操船や機械学習より生成した物体検出技術にはプログラムが欠かせない。2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化したことなどのためか、プログラムそのものに対する生徒の拒絶感は少ない。
ただ、講座の初めに講師から「プログラミングの経験はありますか」と生徒に問いかけて手を挙げたのは1割程度にとどまった。藤原教諭は「小学校でアプリの使い方やブロックなどパーツを組み合わせてものを動かしてプログラミング的思考を育成している。思考は育っていても、実際にはプログラミング『言語』を使って機器を操作していると理解できるところまでにはつながっていないからでしょう」と分析する。
今治工業高校1年生は工業情報数理の科目でプログラムを習う。講座で用いたプログラミングについて「分岐条件の設定など、本来なら1学期の終わりから2学期にかけての授業を受けてようやく理解ができる内容も含まれている」と藤原教諭。生徒の理解度を重視すれば年度終盤での授業実施が好ましいが、年度初めに実施する意義について「実際にプログラムが実生活でどのように生かされるのかを知って学ぶことで授業への動機付けを期待している」とした。

工夫をしたり失敗したりできる教室を
今回の体験講座は民間の教育支援企業が授業の企画開発から運営まで行った。民間が担うことについてKAMAKEのすすめの北山貴彦(たかひろ)社長は「児童生徒が実験や実習中に自ら考えた工夫をしたり失敗したりできる『余白』みたいなものがある教室を提供するようにしている」と話す。
何十人もの生徒を教員1人で相手にする授業においては、ある事象を説明する理科実験が失敗すると事前に計画している生徒の学びをコントロールできなくなるため、想定通りに実験が進む方が都合が良い。

藤原教諭は「社会人がスタッフとなり生徒を手厚く見てくれる体験講座は、生徒の指導ができる人を集める費用面さえクリアできれば、教員にも余裕が生まれる」と話す。実際に体験講座を見て、「水槽など大がかりな装置は難しい」「1人1台持っているタブレットと簡単なオモチャのようなものを結んで制御させる授業ならできる」といった気づきを得たという。
生徒にとっても造船業について考える機会となった。海の自然や大きい船が好きだという山内琉生さんは「詳しく聞いたことのない船の自動運転だったが、将来の社会を担う技術に触れることができて良かった。パソコン1台で自動運転の設定を組み立てられるのはすごかった。プログラムは正直難しかったけど」と笑った。
関連リンク
- 日本財団
- 無人運航船プロジェクト「MEGURI 2040」
- KAMAKEのすすめ