探究・STEAMの現場から

STEAM交え理系女性活躍やジェンダーギャップ解消めざす教育を(日本女子大学理事長・今市涼子さん)

滝山展代 / サイエンスポータル編集部(Science Portal インタビュー(2024.11.07)より再掲)
掲載日
2024.11.08

 日本女子大学は幼稚園から大学院まで1万人以上の児童・生徒・学生を抱え、私立の女子大学では唯一、理学部・大学院理学研究科を持つ。女子校の存在意義や理系分野で活躍する人材の育成が問われる中、同大の理事長で、東京商工会議所の特別顧問を務める今市涼子さん(植物形態学)に、ジェンダーギャップ解消を目指す教育の実際や文理融合型のSTEAM(科学・技術・工学・芸術・数学)教育の狙いなどを聞いた。

今市さんが教員時代にリフレッシュのために昼寝をしたり、息抜きをしたりしたという屋上庭園。今でも学生が休み時間などで利用している(2024年10月、東京都文京区の日本女子大学)

男女の格差解消のために女子校は必要

―現在、中学高校で男女別学を減らし、共学化しようという動きが相次いでいます。女子校の立場からどう捉えていますか。

 色々な考えの学校があって良いと思いますが、女子校が果たす役割はあると考えます。女子校の教育はジェンダーバイアス(性差による偏見)が小さく、リーダーシップを取れる女性が育つメリットがあると思っています。女子しかいないので、おのずとリーダーを女性が務めることになります。生徒や学生たちの様子を見ますと、彼女たちは取り組みに応じてリーダーの役割を適切に分担し、当事者意識を持って課題に取り組んでいるようです。ジェンダーギャップ指数が低く、146か国中118位(2024年6月現在)の日本では、学びの選択肢の一つとして女子校の存在意義があると考えています。

 男女差におけるアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)の強い日本は、小さい頃から「男の子だから」「女の子だから」という意識が植え付けられているように思います。私は小学生の頃、石を集めるのが好きで、拾っては図鑑で調べたりしていました。でも、高学年になり石のコレクションへの興味が小さくなりました。高校生くらいになって、「コレクションが好きなのは男の子で、やはり私は女なんだ」と妙に自分で納得してしまいました。今考えると、それこそ自分自身がアンコンシャス・バイアスをもつように育てられていたのです。この点こそ教育の問題だと思います。

―大学は女子大に進み、教壇に立ったのは共学校でした。その差をどのように感じていますか。

 当時の社会状況もあり、日本女子大学では学生間でよく議論をしましたが、旅行にもよく行きました。他大学の男子学生と交流しながら学び合う機会も結構多くありました。

 卒業後は千葉大学理学部の文部技官になりました。千葉大では、3浪の学生もいましたので、学生の方が年上ということもありましたね。今は現役進学が主ですが、当時は色々な学生がいました。でも、ここでは、どうしてもリーダーシップは男性が取っているように見えました。例え女子学生の方が成績優秀でも、「頭は良いけど」と「けど」が付く。女子大学卒業生としては、違和感がありました。その後、玉川大学農学部でも教壇に立ちました。

 私は若い頃、「ロールモデル」という言葉にピンときませんでした。でも、研究者として過ごしていくうち、その大切さに気付きました。日本女子大学に移った当時、理学部には本学出身の素晴らしい女性研究者が複数いらっしゃって、励みになりました。大型研究費も獲得してくるし、学会でも評価されている。そんな先輩を見て、「ロールモデルも大切である」と考えるようになりました。理系では少ないロールモデルが教員に限らず在学生、卒業生など身近にいることで、自分の目標や理想の姿を具体的なものにできる環境があります。

カワゴケソウ科の植物調査のために、2004年にカメルーンに行ったときの様子(今市さん提供)

植物の研究続け学会賞受賞、学生には優先順位の大切さ説く

―2024年3月には日本植物分類学会の学会賞を女性研究者で初めて受賞しました。

シダをはじめとする植物研究は今市さんのライフワークだ(シダ類の配偶体 日本女子大学提供)

 私は、植物の器官(根、茎、葉)の起源や、分類形質として重要な器官の形態、特に様々な環境への適応形態の進化について研究をしてきました。熱帯地方の植物を材料にすることが多く、調査を行った国は16か国以上にのぼります。現在は、シダ類の配偶体と菌根菌の研究を行っています。シダ類も含めて、大半の植物が地中の根に菌根菌を共生させているのはよく知られた事実ですが、地表で光合成を行い、わずか1センチメートルくらいと小形な配偶体にAM菌(アーバスキュラー菌根菌)が多くのシダ種で共生していることがわかりました。なぜ菌が必要なのか、どんな共生関係を築いているのか、興味深いです。

―研究室では学生にどのような働きかけをしてきましたか。

 「今、あなたにとってプライオリティ(優先順位)の最も高いことは何か」と言ってきました。時間には限りがあります。日本女子大学では全学部で卒業論文や研究もしくは、卒業制作を必修にしているのですが、各自が、その都度プライオリティを決めて進めていかないと終わらない。

 それが完成すると「自分はできるんだ」と自己肯定感を持って卒業していくんですね。卒後の生活でも「先生の『今のプライオリティは』が役に立った」と卒業生に言われます。卒業生は多くの企業で活躍していますが、女子大卒って、女性のネットワークづくりがうまい人が多い、と企業から言われます。リーダーシップを取っていける人はフォロワーシップにも長けていますから、仲の良さは助け合いにもつながっているのでしょう。

女子理系教育について熱心に語る今市さん(2024年10月、文京区の日本女子大学)

幼稚園から中高まで大学の知見も活用したSTEAM教育を展開

―2020年に理事長に就任し、キャリア教育やグローバル教育に加え、STEAM教育にも力を入れるようになったとのことですが、なぜ今、STEAM教育が大切とお考えでしょうか。

 日本女子大学の創立者の成瀬仁蔵は、1901年の大学校創立時から自然科学を重視しました。「4大発明をはじめとする自然科学こそが世界の発展となる。自然科学を十分に理解することこそが、全ての基礎となり、精神の自由をももたらす」と考えていたのです。これが、今の本学のSTEAM教育につながっています。

 本学は幼稚園から大学院まで備えていますが、STEAM教育を一貫教育の柱の一つとして、実物教育を重視し、大学の知見を活用した学習を各附属校園に取り入れています。

 幼稚園では、STEAM教育のスタートと位置付け、あくまでも遊びを中心として、感性を育む保育を教育方針としています。造形制作では、絵の具をつけたビー玉を転がしながら、本学名誉教授の指導のもとで大きな絵を自由に描いたり、顕微鏡などの機器も使い、栽培している野菜についている虫などを観察したりします。子ども達が新しい世界を知る喜びで得た体験は、小学校の実物教育への学びへとつながっていきます。

 中学校・高等学校では、将来どのような分野に進んでも必要となる確かな学力を身に着ける事を目的に、文理を分けないカリキュラムで全ての領域の基礎をバランスよく学びます。数学では統計学などのデータサイエンス、理科では大学と連携した探究活動、情報では教科横断型集中授業、芸術では大学教員による事前授業を受ける歌舞伎や能楽の鑑賞など、特徴的な授業が多数あります。理学部によるサマースクールや天体観測などでも直接大学教員の指導を受ける機会があります。

1991年、マレーシア・ボルネオ島のサラワク州で一葉植物を調査したときの様子(今市さん提供)

理系女子学生、奪い合いより母数の確保に目を向けて

―東京商工会議所にも関わっておられます。首都圏の私学で生き残りをかけることについてどのようにお考えでしょうか。

 商工会議所では、議員として教育・人材育成委員会の共同委員長及び東京の将来を考える懇談会の委員等も務めています。日本女子大学は2027年度には経済学部(仮称)の開設を構想していますので、議員活動を通して女性のアントレプレナーシップ(起業家精神)についても考えていきたいです。

 現在、理系の女子学生に入学してもらおうと、「女子枠」を設ける大学も現れています。国公立も私大も盛んに理系の女子学生を確保しようと意欲的です。そのため、首都圏の理系学部は「女子学生の奪い合い」になっているのは事実です。しかし、本来、理系女子学生の母数を確保することに目を向けるべきです。早い段階からSTEAM教育に触れ、ジェンダーバイアスのない環境で、のびのびと自由に好奇心のままに学びを広げ深める経験はそのきっかけになるはずです。一貫した女子教育の強みを今後も磨き上げ、理系分野で活躍する女性を生涯通してエンカレッジできる学び舎でありたいですね。

ABOUT ME
今市涼子
学校法人日本女子大学理事長/植物学者(専門は植物形態学)
今市涼子(いまいち・りょうこ)
1948年東京生まれ。71年日本女子大学家政学部家政理学科Ⅱ部(生物・農芸専攻)を卒業後、千葉大学理学部文部技官を経て、お茶の水女子大学理学研究科生物学専攻の修士課程を修了。玉川大学農学部勤務中の83年、京都大学で理学博士取得。2020年から現職。22年からは東京商工会議所の1号議員・特別顧問も務める。

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