レベル
サイエンス読み物

観察法のイロハのイ 「チバニアン」の地層(ちそう)に刻(きざ)まれた地球の歴史を観察しよう

Science Window 2018年春号(2018年、12巻1号 通巻70号、32ページ)より再掲
掲載日
2024.06.01

 地球の歴史の中でまだ名前のついていない時代に、日本の地名が入る「チバニアン(千葉時代)」の名が刻まれるかもしれません。その決め手となる地層が千葉県市原市養老川沿(ようろうがわぞ)いの露頭(ろとう)に存在(そんざい)することが最近話題になりました。「千葉セクション」と呼(よ)ばれるこの露頭を、達人の永島絹代(ながしまきぬよ)さんと観察しました。

千葉セクションは房総(ぼうそう)半島を流れる養老川沿いにある。雨天後の増水(ぞうすい)時は注意が必要だ。(千葉県市原市)

養老川沿いの露頭は約77万年前の地層

― 昨年、地球史の一時代に日本の地名が付くかもしれないと大きな話題になりました。
達人 46億年に及(およ)ぶ地球の歴史の中で、時代を区分する地質時代の名称(めいしょう)がまだ決まっていないものがあります。今回、千葉セクションに見られる地層は、更新世(こうしんせい)のカラブリアンと中期の時代区分の境界を示(しめ)すものとして国際標準模式地(こくさいひょうじゅんもしきち)(GSSP)※1の候補(こうほ)に挙がっているのです(図「地球の歴史」参照)。正式に時代区分境界のGSSPとして認定(にんてい)されると、この境界から始まる更新世中期(約77万~12万6千年前)に「チバニアン(千葉時代)」の名称が付けられることになります。

46億年前から始まる地球史を構成(こうせい)する各地質時代には名前が付けられてきたが、更新世中期には未だ名前がなく、現在、「チバニアン(千葉時代)」が有力候補になっている。

― GSSPに認定(にんてい)されるには?
達人 いくつかの条件(じょうけん)がありますが、国立極地研究所※2によれば次の3つの条件が重要です。(1)海底下で連続的に堆積(たいせき)した地層であること、(2)地層中に、これまでで最後の地磁気(ちじき)の逆転(ぎゃくてん)が記録されていること、(3)地層の堆積した当時の環境(かんきょう)変動が詳(くわ)しく分かることです。地層が見やすく露出(ろしゅつ)していて、構造的(こうぞうてき)な変形が少ないことも認定条件のひとつですので、観察がしやすい千葉セクションは有力だと私(わたし)は思います。

― 地磁気の逆転とは何ですか?
達人 地球が磁石(じしゃく)になっていることは皆(みな)さん知っていますね。現在(げんざい)の地球は北がS極、南がN極ですが、それが逆転することです。今の地球を正地磁気とすると、過去(かこ)にはS極とN極が反対の逆地磁気になることが何度もありました。地磁気の逆転はこの360万年だけを見ても11回起きていることが分かっています。そして千葉セクションの地層には最後の地磁気逆転の証拠(しょうこ)が見つかっているのです。

― 地磁気の逆転はなぜ分かるのですか?
達人 火山の噴火(ふんか)で流れ出た溶岩が冷えて固まる時、溶岩(ようがん)に含(ふく)まれている小さな磁石のような成分が地磁気に沿(そ)った向きに並(なら)びます。また、海底などの堆積物の中にも、堆積時の地磁気を記録している石が含まれています。このような石を調べることで地層が堆積した当時の地磁気を知ることができるのです。
 こちらの地層を見てみましょう。ピンの色が違(ちが)いますね。採取(さいしゅ)した石かで地磁気の向きを調べ、その違いによって色分けしています。赤のピンは逆地磁気だった頃(ころ)の地層、黄色のピンは地磁気が揺らいでいた頃の地層、緑のピンは現在と同じ正地磁気の地層になっています。(写真「ピンで色分けされた地層」参照)

 石を採取して調べることで地磁気の向きが分かる。地磁気の向きの違いはピンで色分けされている。また、77万年前の火山の噴火で降(ふ)り積もった白尾層に含(ふく)まれる花粉や微化石から、ここが海底であったことも明らかになっている。

― 逆地磁気の地層の中に斜(なな)めに走る層が見えますね。この層は何ですか?
達人 「百尾層(びゃくびそう)」と呼ばれる層で、77万年前に御嶽山(おんたけさん)(長野県(ながのけん)・岐阜県(ぎふけん))が噴火した時の火山灰層です。この白尾層は地層の年代を決定づける重要な指標になります。この層が含まれていることで、地磁気逆転が約77万年前であったことの結論(けつろん)になりました。

地層の観察から地球の歴史を感じてほしい

― 千葉セクションはGSSPに認められそうですか?
達人 認定されるかどうかは何とも言えませんが、有力候補だとされています。対抗馬(たいこうば)としてイタリアにある2つの地層が候補に挙げられているのですが、千葉セクションのほうが、地磁気が逆転した層の幅が広く、観察しやすく、有利だとも言われています。一方、日本では天然記念物として指定する動きもあるようです。それだけ貴重(きちょう)な地層なので、観察では、決して触(さわ)ったり、削(けず)ったりしないようにしてください。

― 地磁気の逆転を方位磁石で確(たし)かめたりはできますか?
達人 地層中の磁力は非常(ひじょう)に微弱(びじゃく)です。地磁気が逆転していた頃の記録を残しているといっても、現在の地磁気のほうが圧倒的(あっとうてき)に強く、方位磁石が反対を指すことはありませんよ。

― 千葉セクションに限(かぎ)らず、地層観察のポイントはありますか?
達人 地層を調べると、過去に地球で起こった出来事を知ることができます。また、自分の足元を見つめ直すきっかけになります。ただ眺(なが)めるだけでなく、各地域(ちいき)で指導(しどう)できる方と一緒(いっしょ)に観察するといいかもしれません。ぜひとも地層を観察して悠久(ゆうきゅう)の地球の歴史を感じていただきたいですね。

千葉セクションの成り立ち 海底に堆積した土砂や岩石が層になり、その地層に堆積当時の地磁気を記録している石が含まれている(図1)。やがて海底から隆起(りゅうき)し、その後、侵食(しんしょく)によって地上で観察できるようになった(図 2)。 緑は正地磁気、赤は逆地磁気の石が含まれている地層を示している。図では逆地磁気から正地磁気に急に変化しているように見えるが、地磁気が曖昧(あいまい)な期間も存在する

達人:永島絹代(ながしま・きぬよ)
千葉県教育庁東上総(ちょうひがしかずさ)教育事務(じむ)所指導(しどう)室夷隅(いすみ)分室。小学校教諭(きょうゆ)時代には児童ともに生物の飼育(しいく)や観察、また地元の養老川の源流(げんりゅう)から河口(かこう)までの調査(ちょうさ)などに取り組み、千葉県の自然への造詣(ぞうけい)が深い。

 ここに掲載する記事は『サイエンスウィンドウ』掲載当時のものですので、所属等は変更になっている場合があります。

関連リンク

一覧に戻る