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サイエンス読み物

観察法のイロハのイ 自然が生んださまざまな形を集めよう 松ぼっくり拾い

Science Window 2016年秋号(2016年、10巻3号 通巻64号、32ページ)より再掲
掲載日
2024.06.01

 秋は木々が色付いたり、たくさんの果物が実ったりと、自然が大きく変化する季節です。その中で、何となく、秋に松ぼっくりを拾った思い出がある人もいるでしょう。
松ぼっくりとはいったい何なのでしょうか。
長年、針葉樹(しんようじゅ)について研究を続けている勝木俊雄さんに話を聞きました。

緑色でまだ中に種子を抱(かか)えているアカマツの松ぼっくり(球果(きゅうか))。

― 松ぼっくりとはマツの木になる実のことなのでしょうか。
達人 松ぼっくりという名前から、マツだけに見られるもののように思われがちですが、同じようなものはいろいろな植物で作られています。日本では、マツ科、ヒノキ科などの裸子植物(らししょくぶつ)を中心に松ぼっくりを見ることができます。そうした松ぼっくりは、身近な存在(そんざい)だと言えるでしょう。

― 形は植物によって違(ちが)うのですか。
達人 植物の種によって形は大きく違ってきます。皆(みな)さんがよく思(おも)い浮(う)かべる松ぼっくりはクロマツやアカマツに代表されるような円すい型のものだと思います。でも、松ぼっくりの形はそれだけではありません。ヨーロッパ原産で、日本にもたくさん植えられているドイツトウヒの松ぼっくりはとても細長く、その長さは10センチメートル以上にもなります。また、ヒノキやスギにも松ぼっくりができます。もっとも、ヒノキやスギの松ぼっくりは、球形で直径1センチメートルにも満たないとても小さなものですが。

ヒマラヤスギ 地面に落ちる前のヒマラヤスギの松ぼっくり。樹上(じゅじょう)では松ぼっくりの特徴(とくちょう)を備(そな)えた形をしていても、種鱗(しゅりん)がバラバラになって落下して、松ぼっくりとは気づかない種も多数ある。

― 松ぼっくりの正体は何なのでしょうか。
達人 松ぼっくりという名前は日常(にちじょう)的によく使われるので、とてもなじみ深いものだと思いますが、松ぼっくりを専門的(せんもんてき)な言葉では球果(きゅうか)といいます。つまり、松ぼっくりとはマツやヒノキなどの果実に当たります。もう少し細かくいうと、私(わたし)たちが松ぼっくりと呼んでいるものは、球果が種子を飛散させた後の抜(ぬ)け殻(がら)のようなものです。

乾燥(かんそう)によって球果が開き種子が飛ばされた後の松ぼっくり。

― その辺りのことをもう少し詳(くわ)しく教えてください。
達人 マツ科、ヒノキ科などの樹木(じゅもく)は、一本の木に雄花(おばな)と雌花(めばな)ができます。雄花でできた花粉を雌花で受粉して種子を作りますが、雌花は一つの枝先(えださき)にたくさんついた状態(じょうたい)になっています。マツやスギの仲間の場合、一本の軸(じく)に対してたくさんの雌花がらせん状にくっ付いています。
 開花が終わった後に、胚珠(はいしゅ)の外側にあった種鱗(しゅりん)や包鱗(ほうりん)などが成長し、球果となります。マツやスギの球果では、種鱗も軸に対してらせんを描(えが)くように付きます。種鱗と種鱗の間には種子が挟(はさ)まっています。一つの種鱗に対して種子は二つ入っています。クロマツやアカマツの場合は、一つの球果の中に数十個の種子が入っていることになります。

散布された種子から発芽(はつが)したモミの実生(みしょう)。森林にはあちらこちらに実生が出ているが、ほとんどの実生は十分な光を受けることができず、競争に負けて枯(か)れてしまう。

― 球果は、なぜつくられるのでしょうか。
達人 種子を虫や風雨などの被害(ひがい)から守るためです。種子は栄養が豊富(ほうふ)でデリケートです。ですから、種鱗で覆(おお)うことで守っているのです。また、球果は樹木の高い場所にできます。そして多くのマツ・ヒノキ類は、種子が成熟(せいじゅく)して散布(さんぷ)に適(てき)した時期になると、種鱗が開いてくるのです。そうすると、間に挟まれていた種子が風に乗って樹木の周りに飛び散っていきます。球果は種子を守るのと同時に、周りに種子を広げるための道具でもあるわけです。

ヤマガタケトウヒ(マツ科)の種子。 (写真提供/勝木俊雄)

― 松ぼっくりは秋しか見ることができないのですか。
達人 実は、松ぼっくりは秋だけでなく一年を通して見ることができます。松ぼっくりをつける樹木は、ふつう春になると花を咲(さ)かせます。そして、雌花が球果へと成長していきます。球果が成熟するまでの期間はまちまちで、開花した年の秋に成熟するものもあれば、翌年(よくねん)までかかるものもあります。
 また、球果は成熟して種子がなくなったものでも、そのまま枝についていることがよくあります。ですから、マツやスギなどの枝には一年を通して松ぼっくりを見ることができます。さらに球果は腐(くさ)りにくいので、木の近くを探(さが)せば落ちているものを拾うことができます。

― 日本では何種類の松ぼっくりを見ることができますか。
達人 日本産の樹木は30種ほどですが、外国産のものまで含(ふく)めると50種ほどが見られます。松ぼっくりは形や大きさだけでなく、個々の種鱗の形や脱落性(だつらくせい)など、種類によってまったく違います。裸子植物は葉や木の形がよく似ているので、球果で見分けることがよくあります。松ぼっくりをたくさん集めて、それぞれの木の特徴(とくちょう)を調べてみるのも面白いですね。

達人:勝木俊雄(かつき・としお)
1967年生まれ。森林総合研究所多摩森林科学園サクラ保全担当(たんとう)チーム長。
農学博士。専門は樹木学、植物分類学。「日本産希少(きしょう)トウヒ属(ぞく)樹木の保全に関する研究」で第55回林木育種賞を受賞。

 森林総合研究所 多摩森林科学園(しんりんそうごうけんきゅうじょ たましんりんかがくえん)
(東京都八王子市)

 JR高尾(たかお)駅から徒歩10分ほどの丘陵(きゅうりょう)に広がる森の中の研究所。森林科学における研究成果から学習プログラムや教材を開発し、森林環境(かんきょう)教育活動を進めるための研究などを行っている。

 ここに掲載する記事は『サイエンスウィンドウ』掲載当時のものですので、所属等は変更になっている場合があります。

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