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サイエンス読み物

観察法のイロハのイ 染井吉野(そめいよしの)だけじゃない サクラウォッチング

Science Window 2016年春号(2016年、10巻1号 通巻62号、32ページ)より再掲
掲載日
2024.06.01

 桜(さくら)前線が日本列島を北上する春。人々が楽しむのは主に染井吉野だが、自然の中で見られる自生のサクラもたくさんある。それらはどう違(ちが)うのだろうか? 樹木(じゅもく)の研究を長年続け、現在(げんざい)はサクラの専門家(せんもんか)である勝木俊雄(かつきとしお)さんにサクラの観察法について教わった。

サクラにはいろいろな種類がある

― 里山や神社で素朴(そぼく)な花のサクラを見たことがあります。公園などで一斉(いっせい)に咲(さ)くサクラとは違いますか?
達人 日本にはいくつものサクラが分布(ぶんぷ)しているのですよ。町中にあるサクラは栽培品種(さいばいひんしゅ)が多いですが、あなたが見たのはきっと野生種ですね。

― 野生種と栽培品種はどう違うのですか?
達人 日本には10種の野生種があり、自然の中で自生しています。一方、サクラ同士が掛(か)け合わさったものや突然変異(とつぜんへんい)でできたものに、人が価値(かち)を付けたのが栽培品種です。種類は100を超(こ)えるのではないでしょうか。私は野生種はカタカナ、栽培品種は漢字で表して区別していますよ。

― 栽培品種はどうやって増(ふ)やすのですか?
達人 栽培品種はその形態そのものをそのまま残したいので、1本の木から接(つ)ぎ木をしながら増やしていきます。つまりクローンですね。

― 先ほど言われた突然変異とはどんなものですか?
達人 親の集団(しゅうだん)が持っていない性質(せいしつ)が、子どもに見られるということです。例えば、野生種のエドヒガンが突然変異したのが枝垂桜(しだれざくら)です。また、サクラの花弁(はなびら)は5枚(まい)が基本(きほん)ですが、花弁数の多い八重桜(やえざくら)は突然変異と考えていいでしょう。

― 染井吉野はどうやってできた栽培品種ですか?
達人 父はオオシマザクラ、母はエドヒガンだと分かっています。ただし、人の手によって作られたものなのか、自然に掛け合わさって偶然(ぐうぜん)にできたものなのかは分かっていません。

― どこで誕生(たんじょう)したのでしょう?
達人 伊豆諸島(いずしょとう)に自生しているオオシマザクラが人によって伊豆半島(いずはんとう)に持(も)ち込(こ)まれ、そこにもともと自生していたエドヒガンとの間に生まれたという説がありますが、はっきりしません。ただ、江戸(えど)から広がっていったことは確(たし)かで、今では、日本の広い範囲(はんい)で見られますね。

染井吉野 日本を代表する栽培品種。 井の頭恩賜公園(東京都武蔵野市)。江戸期、植木職人が集まる染井村(現東京都豊島区)から広まり、後に染井吉野と名付けられた。

クローンでも生き物に変わりはない

― 染井吉野は両親からどんな特徴(とくちょう)を受(う)け継(つ)いだのですか?
達人 葉が開き始める前に花だけが先に咲く特徴はエドヒガンから、そして大きな花はオオシマザクラから受け継いでいます。

― 染井吉野同士(どうし)を掛け合わせるとどうなりますか?
達人 クローン同士では受粉できないので、実がならない仕組みになっていますよ。

― そういえば実のなる染井吉野は見たことがありません。
達人 染井吉野以外のサクラと受粉すれば実がなりますよ。クローンといっても生き物なので、花が咲いて受粉すれば実がなって、その実が落ちると子どもができます。花は子孫を残すために咲くということを皆(みな)さんに知ってほしいです。

自然のサクラは個性豊か

― 日本では昔から、花見の風習があったのですか?
達人 平安時代にヤマザクラが貴族(きぞく)の花見の対象とされるようになりました。その後、花見のスタイルは変化しつつも、江戸時代までヤマザクラが中心でした。しかし、明治時代になると、対象が染井吉野になって花見のスタイルもさらに変化したのですよ。

― 野生種の楽しみ方はありますか?
達人 例えば野生種のヤマザクラが数本ある場所を見つけたら、1本1本をよく観察してみましょう。ちょっとずつ違うのが分かりますよ。

― どのように違いますか?
達人 花の大きさも色合いも、葉っぱの出方も咲く時期も少し違ったりします。人の顔がみんな違うのと同じで、1本ずつに個性(こせい)があるのです。特にカスミザクラは1本1本の違いがはっきりしていてとてもおもしろいですよ。

― 自然のものならではですね。
達人 自生しているサクラは、同じ種でも土地によって個性が違っていることもあるし、同じ土地の中でもそれぞれなのです。

― 土地によっても個性が違うのですか。
達人 現在、私が興味があるのは、九州のヤマザクラです。関東の里山で見るヤマザクラと少し顔かたちが違うし、個性もある。それがなぜ違うのか、どのように分布しているのか。このような視点(してん)でサクラを観察してみるのも楽しいですよ。

野生の桜

オヤマザクラ 北海道から本州北部に分布する。花色は淡紅色。北の方では花見の対象になる。
ヤマザクラ 東北南部から九州に分布する。白い花と赤い若葉(わかば)を付けるのが特徴。江戸時代までは花見の代表だった。
エドヒガン 東北から九州に分布する。花色は白色から紅色(べにいろ)で、開花時には葉が開かないのが特徴。染井吉野の母にあたる。
カスミザクラ 北海道から九州北部に広く分布する。花色は白色から淡紅色。開花期が遅いので、普通は花見の対象とならない。
カンヒザクラ 沖縄(おきなわ)など暖地で栽培される。花は濃赤色(のうせきしょく)で花弁は開かないのが特徴。沖縄では花見の対象になる。
オオシマザクラ 伊豆諸島や伊豆半島に分布する。花は白色の大輪で香(かお)りがあるのが特徴。染井吉野の父にあたる。

達人:勝木俊雄(かつき・としお)

1967年生まれ。森林総合研究所多摩森林科学園主任(しゅにん)研究員。農学博士。著書(ちょしょ)は『生きもの出会い図鑑(ずかん) 日本の桜』(学研教育出版(しゅっぱん))、『まるごと発見! 校庭の木・野山の木、〈1〉サクラの絵本』(農文協)など。

森林総合研究所多摩森林科学園(しんりんそうごうけんきゅうじょたましんりんかがくえん)
https://www.ffpri.affrc.go.jp/tmk/index.html
園内のサクラ保存林では日本全国から収集(しゅうしゅう)された多くのサクラを見ることができる。開花期間は2月の中旬(じゅん)から4月下旬頃まで。

 ここに掲載する記事は『サイエンスウィンドウ』掲載当時のものですので、所属等は変更になっている場合があります。

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