観察法のイロハのイ 水の流れが変われば生き物も変わる 川原ウオッチング
川の生態に詳しい自然地理学者の小泉武栄さんは「川は人間のためだけにあるのではなく、川そのものや川の生き物のためにある。川は生きているのです」と語る。そんな小泉さんと、川原を歩きながら楽しく観察する方法を教わりました。
川原を観察するポイント
イ 水が流れた跡を見る
ロ 生えている植物に注目する
ハ 現場で「不思議」を感じる
川原の全体を見渡そう
― 川が生き物に対して、どういう役割を果たしているのかを観察するにはどんな川がいいですか?
達人 できれば護岸工事がされていなくて、なるべく人の手が入っていない川がいいですね。
― そんな川辺を歩く上で注意点はありますか?
達人 水辺なので滑りにくい運動靴がいいと思います。ヘビなどに出会うこともあるので、長靴だともっと安心です。
― 川に着いたら、まずどこから観察しますか?
達人 最初は橋の上から川全体を見渡してみましょう。川原をよく見てください。水辺から土手に向かって、川原の石や植物などの色が変化しているのが分かるでしょう(下の写真)。
― 本当ですね。はっきりと分かれていますね。そこから何が分かるのですか?
達人 川の水位が上がったときに、川原のどこを水が流れたのかが分かります。色が違って見えるのは石の大きさや生えている植物が違うからです。それぞれ違うときに水が流れたのです。土手を降りて水辺に近づきながら川原を見てみましょう。
川の流れが植物を変える
― 土手のそばなのに、たくさんの石が転がっていますね。
達人 以前に石ころを運んできた水の流れがあったということですね。石がゴロゴロしていても、その上に生える植物があります。その植物の広がりから、過去にどこを水が流れたかが分かります。
― 水辺に近い場所は、小さな石が集まっていて植物が生えていない所と、大きな石がゴロゴロしている所とに分かれていますね。
達人 小さな石が集まっている所は昨年の増水で石が堆積した場所で、植物が生えるのはこれからです。大きな石がある所は、以前ススキがはびこっていたのですが、大きな流れが起こったときに一気に押し流されてしまいました。今は時期ではないので石が転がっているだけですが、絶滅危惧種だったカワラノギクが復活した場所なのです。秋になればこの辺り一面に花を咲かせますよ。
― なぜそんな大きな水の流れが起きたのでしょうか?
達人 この場所よりも上流の羽村取水堰で玉川上水の方へ流す水を減らし、かなり多くの水を多摩川の方へ流したのです。このように時々は被害が出ない程度に水を流さないと川の環境が変化しないのです。
「早瀬」と「よどみ」
― たくさんの水が流れるのは植物にとっていいことなのですね。
達人 そうです。それに川にとっても大切です。また、川の中の流れ方も大事ですよ。水の流れている方を見てください。ごつごつした石の間をしぶきを上げて流れている所と、緩やかに流れる所がありますね。それぞれ「早瀬」と「よどみ」と呼ばれますが、それらが繰り返していることが大事なのです。「よどみ」には魚が集まってきます。するとそれを狙って鳥がやってくるようになるでしょう。川原に巣を作る鳥もやってくるのですよ。
― 巣は木の上ではないのですか?
達人 もちろん木の上に巣を作る鳥もいます。川原に巣を作る鳥は、ヘビや人の目に触れないような小さな石の所に浅い穴を掘って、そこに卵を産むのです。卵は石にそっくりですよ。よく探せば見つかるかもしれませんね。
川の生き物もめぐる
― いろいろな種類の鳥が集まってくるということですね。
達人 そうです。水が流れることでそこに石がたまって草が生え、昆虫や鳥が再び新しく集まってきます。一つの植物が同じ場所に居座ってしまうと、集まってくる生き物にも変化がなくなります。ですから同じ植物でも生える場所は多少移動していくことがいいのです。水の流れも生き物も変化していくことが大切なのです。
― 観察の楽しみ方を教えてください。
達人 川原を歩きながら、目に入ったものや聞こえてきたものから、「不思議」を探してみましょう。答えはすぐには出ないと思いますが、川は多様な環境を作ってくれるし、そこで生き物がめぐっているということを意識しながら観察してほしいです。
達人:小泉武栄(こいずみ・たけえい)
東京学芸大学名誉教授。専門は自然地理学・地生態学。理学博士。山の自然学ガイドやジオパークガイドを行っている。著書は『なぜいろいろな生き物がいるの?生物多様性の大研究』(php研究所・監修)、『川の総合学習』全3巻(ポプラ社・監修)など。
ここに掲載する記事は『サイエンスウィンドウ』掲載当時のものですので、所属等は変更になっている場合があります。
関連リンク
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