似姿違質「ゲンゲ VS ムラサキツメクサ」
ゲンゲの花色に一面染められた春の田んぼは、多くの日本人の郷愁を誘う風景だろう。
とはいえゲンゲは在来種ではない。室町時代に中国からやって来た帰化植物である。根の白い粒の部分に根粒菌(バクテリア)がすみ、この菌が空気中の窒素を取り込んで宿主に供給する。窒素養分をたっぷり含んだゲンゲを田にすき込むとイネの生育がよくなることから、肥料として伝来し、いつしか日本の春の風景に加わった。
ゲンゲは10月ごろ発芽し、葉を地面に伏して冬を越す越年草(えつねんそう)で、春に一気に茎を伸ばして花を咲かせ、タネを落とすと枯死(こし)してしまう。葉は複数の小葉に分かれていて鳥の羽に似ている。花は花粉を運ぶ昆虫に適応した蝶形で、これらが6~10個、輪のように並び、一つの花に見える。
一方、5~8月にかけて赤紫色の花を咲かせるムラサキツメクサも、明治初めに欧州から牧草として輸入された帰化植物だ。株の状態で数年生きる多年草で、現在は野生化し、北の地ほど多く見られる。葉は3つの小葉に分かれ、それぞれに薄緑色の斑紋(はんもん)を持つ。花は50個以上の蝶形のものが球状に集まって一つの花に見える。
両者はマメ科の植物で、マメ科の特性でもある根粒菌との共生や、花のつくりもよく似ている。おまけにどちらも帰化植物。富士常葉大学講師の菅原久夫先生は、「昔から日本の農村文化に溶け込んでいるゲンゲは、今も古くからある人里などで見かけますが、明治になって入ってきたムラサキツメクサは、新興の土地を選ぶように分布するから不思議です」と話す。
「最近の稲作は機械化され、化学肥料の発達などで田んぼにゲンゲを植えることは少なくなりました。しかし、長い歴史の中ではぐくまれた日本の風景を守ることも大切な気がします」
【似姿違質(じしいしつ)】は創作四字熟語。「スガタはにれどもシツたがう」と読んでいただいてもかまいません。姿形が似通っていても分類上、または進化の過程が違うもの、人間にとっての好・不都合など、異なる価値を持つ2つの生物を対比してお見せしています。
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- Webマガジン|Science Window2013年春号「特集 見るから描ける 描くから見えてくる」