探究・STEAMの現場から

【先端科学 お届けします】マンガを足がかりに人体を支える細胞の役割を学ぶ つくば科学出前レクチャー

小熊みどり / 科学コミュニケーター
掲載日
2026.02.20

 昨年12月11日、つくば市立学園の森義務教育学校で石川香さん(筑波大学准教授)による出前授業「『はたらく細胞』に支えられる人体」が行われた。茨城県つくば市が市内の小中学校・高校に研究者を派遣する「つくば科学出前レクチャー」事業の一環だ。アニメ化や実写映画化もされた人気マンガ「はたらく細胞」(清水茜/講談社)のキャラクターや場面を用いて、身体の仕組みや細胞の働きを親しみやすく紹介した。

つくば市立学園の森義務教育学校。「義務教育学校」とは、小学校・中学校が別組織のまま連携する「小中一貫校」とは異なり、一つの学校として一貫した教育を行う9年制の学校

細胞を擬人化、児童生徒の興味に

 学園の森義務教育学校では、6時間目の授業がない月曜日と木曜日の放課後に「SDGsクラブ」として専門家による講座などを実施している。出前レクチャーの活用は今年度8回目。今回は6年生から9年生(中学3年生)の希望者約30人が集まり、これまでで最も参加が多かった。「はたらく細胞」のマンガやアニメを知っている児童生徒たちが多数いたようで、今回の講座を依頼した同校教諭の高瀬和江さんは「授業でマンガを使うと興味を引ける」と手応えを語る。

 マンガ「はたらく細胞」は人体のさまざまな細胞を擬人化し、人間社会に例えて、その働きをわかりやすく紹介した作品だ。2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文さん(大阪大学特別栄誉教授)が発見した「制御性T細胞」が登場することでも話題になった。

「『はたらく細胞』を知っている人」という石川さんの問いかけに元気よく手を挙げる児童生徒。マンガの使用は教育目的なら著作権法の例外措置に該当する。なお、本講座では念のため出版社の許諾も得ている

マンガのシーンから学ぶ細胞の働き

 今回の出前レクチャーで石川さんは「はたらく細胞」のキャラクターと実際の細胞の顕微鏡画像などを並べて、それぞれの特徴や働きを詳しく解説した。

 例えば動脈血と静脈血の色が違うことを説明する場面。作中のキャラクター「赤血球」の服が明るい赤(動脈血)と暗い赤(静脈血)のリバーシブルになっているのは、血液の色の違いを表現しているためだと、血液の写真を示しながら紹介した。また、免疫機能を担う白血球の半数以上を占める「好中球」のキャラクターは、体内に侵入した外敵と戦うシーンが何度もあるが、実際は基本的に一度きりで役目を終えるため、マンガの設定と現実には一部違いがあることにも言及していた。

 そのほか、白血球の一種であるリンパ球を紹介するなかで、制御性T細胞を取り上げる場面も。過剰な免疫反応を抑える働きの解説に加え、この日はノーベル賞授賞式が行われたこともあり、坂口さんについて写真を示して紹介するなど、タイムリーな話題も盛り込んだ。

石川さんの話に真剣に耳を傾ける児童生徒たち

 教科書に載っている図やグラフだけでは難しく感じる内容も、キャラクターの行動を通して見てみると一気にイメージがしやすくなる。生徒たちも身近に感じたのか、知識を抵抗なく受け入れている様子がうかがえた。

 石川さんは時折「すごくね!?」などとフランクに呼びかけながら、好中球やリンパ球と同じ白血球のマクロファージや好酸球、出血を止める血小板、外敵を取り込みその情報をほかの免疫細胞に伝える樹状細胞など、10種類以上の細胞を紹介。最後に「どの細胞が欠けても人間の生命維持は成り立たない!」と、人体の神秘を語って授業を締めくくった。1時間みっちりの授業だったが、児童生徒は最後まで興味津々に石川さんの話を聴いていた。

マンガとの相互作用が科学への興味に

 授業後、参加した生徒たちに感想を聞いた。

 「ちょうど理科の授業で細胞について習っているところで、テストの範囲でもあり、マンガを読み返していた。興味を持って聴けて、細胞のことがよくわかった」(8年生)

 「『はたらく細胞』は知らなかったが、細胞は自分自身の体の話なので興味があった。先生のお話を聴いてもっと知りたくなり、『はたらく細胞』のマンガやアニメも観てみたいと思った」(6年生)

 児童生徒の反応からは、マンガと科学への興味関心との相互作用がうかがえる。

 石川さんはマンガを用いた理由として、「『はたらく細胞』などの科学マンガは、科学に興味を持つきっかけとして非常に良いと思っています」と話す。「白血球」の例のように、マンガの設定が実際とは異なる場合があっても、「興味をもったあとで、自分で調べて知っていけばいい」と、児童生徒が自分の意思で科学の世界に足を踏み入れるきっかけを作ることの重要性を強調した。

石川さんの専門は細胞小器官の一種であるミトコンドリア。小学生の子を持つ親として、地域の教育に貢献しようと出前授業を始めた

出前授業は教員の負担少なく、活用しない手はない

 「つくば科学出前レクチャー」には筑波大学をはじめ、つくば市内の研究機関・企業等による約200種類の講座が登録されている。学校側のリクエストに応じて、同市が講師を派遣し、実験材料費の一部や講師への謝金も負担する。金額も定められているため、学校側が悩むこともない。こうした利便性の高さもあってか、実に年間約50件もの活用がある。

 同校校長の永井英夫さんは、「つくば市には大学や多くの研究機関があり、スペシャリストが揃っていて、この機会を活用しない手はありません。教員が自ら企画・実施するよりも、負担を大きく減らすことができます」と話す。

 市の担当者も「多種多様な講座がそろっていて、ユニークなものでは郷土史家による講座などもあります。ぜひ出前レクチャーの機会を活用してほしいです」と言う。

 学校の理科の授業だけで、児童生徒が科学に興味をもつように導くのは、どうしても限界がある。今回の授業は、マンガを使って伝える工夫をした研究者、専門知を頼るためのハードルを下げた行政、機会を積極的に活用した学校の3者が、見事に噛み合った事例だった。

左から永井さん、石川さん、高瀬さん

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