【先端科学 お届けします】地域防災Webで“自分のまち”の特徴を理解し備える 防災科学技術研究所
地震や集中豪雨などの自然災害が甚大な被害をもたらしている。被害を小さくするためには、自然現象としての危険性だけでなく、私たちの住む地域を知ることが重要とされている。では、どのようにして「自分のまち」の災害リスクを知り、備える力を身に付けることができるのだろうか。その問いに向き合う場として、7月31日に福島県の公立高校で開催された防災科学技術研究所(防災科研)の出前授業「地域を探究する防災」を訪ねた。

防災科研の出前授業スタート
「防災科研って知っていますか」。福島県立福島西高等学校の出前授業で講師を務める防災科研の上田啓瑚さん(社会防災研究領域総合防災情報センター特別研究員)は授業冒頭でお決まりの問いを投げかけた。すぐに「地震の揺れを再現できる世界最大級の施設や、国内で観測した最大雨量の豪雨を再現する施設などをもっているんですけど、名前は知られていないんですよね」と苦笑気味で話す。
上田さんは、研究対象として防災教育に力を入れ日々活動する。この日の授業には、同校で地域の防災活動に取り組む家庭クラブ所属の1年生~3年生の生徒11名が集まった。

災害の被害は、自然現象と社会の脆弱性や防災力の関係に依存
授業の前提として、上田さんは災害のメカニズムを紹介した。「災害は、地震や大雨といった自然現象だけで起きるわけではなく、人が生活する地域と重なることではじめて生じる」とのこと。例えば都市の排水能力を超える大雨は浸水被害につながるが、仮に無人の砂漠に降る場合は大きな問題とはならず、むしろ恵みの雨となりうる。
そのうえで、自治体の被害想定人数を例に「この数字を“嘘”にできるかが防災のポイント。日ごろの備えや地域活動によってそれを可能にする」と強調した。地域固有の課題に対して被害を小さくするためには、私たちが住む地域と社会の防災力を知って、適切な対応をとることが求められるのだ。
続いて、上田さんは地域や防災に関する知識を試す全5問のクイズを出題。会場である福島市と絡めながら、避難所を示すマークを選ぶ2択や避難情報の発令者を答えさせるものなど、クイズの難易度は徐々に増していく。それでも頭を悩ませながら、なんとか答えようとする生徒の姿がそこにあった。

地域の災害リスクと有効な対策を考える
休憩を挟んで後半は、タブレットを用いたワークショップ。内容は、自分たちの住む福島市において災害時に起こりうる課題を想定し、その有効な対策を3~4人のグループで考えるというもの。
さっそく、生徒らは全国自治体の自然災害リスクと過去の災害事例が集約された防災科研のウェブサイト「地域防災Web」を各自で操作しはじめた。自治体名として福島市を選択すると、その地形や土地利用に加え、人口や財政力などの社会の特徴、そして地震や洪水、土砂災害、火山を含む9つの自然災害リスクが閲覧できる。

調べた結果を踏まえて、災害時の時間フェーズに沿って身の周りの課題をタブレットで入力する生徒。3分という短時間にもかかわらず、「避難所にペットを連れて行くのが難しい」や「パーソナルスペースの確保が難しい」など起こりうる課題を次々に思いつくのは、さすがは普段から地域の防災活動にも関わっている家庭クラブの生徒といったところ。
続けて、グループ内で課題を1つ選び、課題解決に向けた具体的な対策を話し合うと、それぞれで活発な議論が展開された。あるグループは、災害時の電気や水が使用できない状況を課題として掲げ、学校にある蓄電池を例にその平時と災害時を分けないフェーズフリーな利用方法や、非常用トイレの使用などを対策として紹介していた。
この出前授業の締めくくりとして、上田さんは「チェンジメーカー」という言葉を用いて、生徒らに社会や地域の課題を自分事としてとらえ、その解決に向けて行動する重要性を説いた。今回の授業における地域の災害リスクを調べ、身の周りで起こりうる課題とその対策としての具体的なアクションまで落とし込む、この一連の流れはその力を育むためにあったのだ。

地域を探究する、防災教育の第一歩として
この出前授業は、ベルマーク教育助成財団と防災科研が共催する「防災科学教室」の1つとして開催された。生徒の防災活動にもつながる専門的な意見が聞きたいと、今回応募を決めた家庭クラブ顧問の持地晶子さん(同校家庭科教員)は、生徒が地域で防災活動を広めていくうえで、「一方的に教える構造ではなく、参加者が楽しめる、参加者に自分事として考えてもらう機会をつくる」授業展開は生徒にとっても参考になったのではないかと振り返る。
また、家庭クラブに入る前は防災意識が低かったと語る2、3年生の女子生徒は、「このような活動を通じて身近に危険があることを実感し、防災に対する考え方が変わってきた」、「グループワークを通して考えた地域の具体的な課題を踏まえ、学校の災害対策の強化や地域への普及に取り組んでいきたい」と話す。授業終わりには、上田さんの時間が許す限り家庭クラブのこれまでの活動を伝える生徒の姿が見られた。

今回の授業について、上田さんはあくまでも研究活動の一環として実施しているとのこと。単発ものではなく、座学に加えフィールドワークなど複数回にわたり実施し、その前後の教育効果を測るようだ。
上田さんは「彼らの活動を見ていると、防災への関心が高まっているなとか、活動に積極的に取り組んでいるなと感じることがある。防災科研が提供するリソースを駆使して、身に付けた知識や取り組んだ活動を、ぜひ他の人に伝えてほしい。学校の防災活動の輪が、地域に広がっていくことで、災害に強い良いまちになっていくと思う」と出前授業を通して児童・生徒に学びを提供する重要性を語った。

防災科学教室では、上田さんの授業以外にも様々なラインナップを用意している。今後も学校や地域と連携し、防災教育を展開していく予定だという。社会や地域の抱える課題を“自分で考えて、行動に移す力”を身に付けてほしい―――そんな願いが込められた授業が学校に届けられた一日となった。