【先端科学 お届けします】微量の試料を測り取り、DNAの計り知れぬ魅力を伝える かずさDNA研究所
DNA研究は幅広い分野に用いられ、理系教育のなかでも重要な学習項目になる。だが、中学や高校では器材が限られているため、高度な実験は行いにくい。その課題を解決しているのが、かずさDNA研究所(千葉県木更津市)が行う出前授業だ。同研究所は教育機関から、公民館まで様々な人を対象に遺伝子やそれを増幅するPCR法などDNAに関する計り知れない魅力を伝えている。7月24日に同県内の私立高校で開かれた授業を訪ねた。

学校でそろえにくい実験道具 一流のものに触れる
千葉英和高校(千葉県八千代市)の理科室に、2~3年生約20人が集まった。科目「生物」の、遺伝子を扱う技術に関する単元の学習を目的にしており、3年生はこの出前授業の直前に学ぶ内容とリンクするようにしている。3年生だけではなく、希望する2年生も参加できるように声をかけ、「夏の特別講座」として開講する。同校の理科教諭、渡辺勝さんは「高校で準備する装置では限界があることに加え、生徒も通常の授業で教えるより、研究所の方から教わると、興味関心のレベルが違うことがあるため」と、開講の意義を語る。

この日生徒たちが実験したのは、チューブに入れられたごく微量の肉片からDNAを調べ、鶏肉・豚肉・牛肉のいずれかを当てるというもの。「見た目で分かりますかね」とかずさDNA研究所の職員が声をかけると「分からない」と笑いが起きた。
まず、生徒らは微量の液体を正確に測り取るマイクロピペットの使い方を学んだ。1本数万円という高価なものなので、丁寧に取り扱うよう注意があった。最初はぎこちなかった生徒たちも、この授業の終盤には慣れた手つきになっていた。

正体が分からない「謎の肉」のDNAが解けている溶液をPCR用試薬に加え、マイクロチューブ用遠心機にセットする。5秒数えたあとに取り出し、サーマルサイクラー(PCR反応のための温度管理装置)にかけて、DNAをほどく98度、複製開始点をセットする60度、複製を作る68度というサイクルを35回繰り返し、40分間待った。
この待ち時間に、同研究所広報・教育支援グループの平岡桐子さんが「今は98度だから、何をしているところですか」と生徒に尋ね、生徒自身が考えるような場面もあった。一連の授業を通して、生徒が受動的にならないよう、職員らがこまめに声をかける。ここまでが前半の実験だ。

PCRとはどのような技術か 歴史的背景含め説明
この間に、PCRの仕組みや歴史について、職員から説明があった。どのような試薬が必要になるかといったことや、ノーベル賞を受賞した技術であること、試薬はインターネットの即日配送で簡単に手に入れられることなど幅広い知識を得られるようになっている。DNAについての復習も兼ねた講義のあと、再び作業に戻る。

続いて、後半の実験に入った。増幅したDNAをゲル電気泳動で分離し確認する作業に移った。電気泳動が伸びていく。DNAはマイナスに帯電しているので、プラスの電極に向かって移動する。DNAの種類によって伸びる長さが異なり、判別できるという仕組みだ。
実は、生徒たちはいきなり「本番」の試料を使うのではなく、手元の作業を何度も練習して挑んでいる。ここで失敗してしまえば、結果が分からないという緊張感からか、教室内に「集中」の雰囲気が漂う。手が空いた生徒同士で助け合ったり、職員に手伝ってもらったりしながら、実験を進める。青色の光でDNAがある場所を光らせて、3種類の肉との照合作業を行う。職員が電気泳動の様子と照合の方法を細かく教えると、生徒たちは実験が成功して安堵の表情を見せながら、納得した様子で手元のワークブックと見比べていた。1種類の肉片のみだった生徒や、3種類の肉片が混じったものだった生徒など、おのおのが違った肉ということが分かった。

その後まとめに入り、DNAの研究が食の分野のみならず、産業や環境分野にも用いられていることなどを解説して終了した。一連の授業は、休憩も含めて約110分。生徒たちは初めて触れる実験器具を前に、満足そうに夏の一コマを終えた。
学びに合わせた出前授業 子どもから大人まで

かずさDNA研究所は地元の高校や中学校の他、公民館や商業施設でもDNA出前授業を行っている。今回は肉の鑑定だったが、DNAの情報解析や、ブロッコリーのDNAを観察するなど、多様なニーズに応えている。この肉の鑑定のコースは、対面の講座の中で最も人気がある。また、出前授業だけでなく、所内を利用した実習や、90分間もしくは120分間の施設見学コースもあり、DNAについて広く門戸を開いている。
遠方の学校には「DNA実験宅配便」というユニークな取り組みも行う。これは、必要な機材を事前に学校に送付。当日、リモートで実験を進めたり、講義を聞いたりできるシステムだ。50分間、120分間、180分間の3コースを準備しており、こちらは最も長い180分間のコースが好評という。180分間で口腔粘膜からお酒に強いかどうかを調べる講座だ。
かずさDNA研究所は、1994年に千葉県などの支援のもと開設された公益財団法人で、これまでにシロイヌナズナやミヤコグサといった植物から、トマトやイチゴなどの食べ物の全ゲノム解読を行ってきた。ハイレベルな研究を行うのと同時に、より多くの人にDNA実験の魅力を知ってもらおうと、あまり堅苦しくない平易な講座も開いており、これまで中高の講座の受講者は1万5000人を超えた。今後も多様な講座を開設していく予定だという。
DNA解析は現在、様々な大学のかなりの分野で用いられている技術だ。だが、実験には専用の機械や、ロット数が大きい材料を購入する必要があるため、なかなか手を出しづらい。そのような課題を解決できる最先端の研究所の出前授業だった。