探究・STEAMの現場から

【先端科学 お届けします】地図の読み方から防災の知恵まで 地理教育から伝える 国土地理院

佐々木弥生 / 科学技術振興機構 総務部ポータル課
掲載日
2025.01.30

 国土の管理や防災対策に役立てるため、国土交通省の国土地理院は全国各地で測量を行い、広く出回る地図の大本となる地図を作っている。小学校の地理教育で用いる地図帳も防災に欠かせないハザードマップも国土地理院のデータに基づくものだ。測量などに関わる職員が、基本的な地図の読み方から地図をどう防災に生かすかといった知恵までさまざまな知見を学校現場などに届けている。

講師の国土地理院関東地方測量部の西城祐輝さんの説明に沿って、児童がタブレット端末で操作してみる(埼玉県の鳩山町立今宿小学校)

地理院地図で校舎の移転を知る

 埼玉県の鳩山町立今宿小学校5年生の児童が真剣な面持ちで各々のタブレット端末に向き合い、国土地理院がウェブで公開している「地理院地図」が写る画面をタッチしていた。今年1月中旬の5、6校時に行われた国土地理院の出前講座の一コマである。

 講師を務めた国土地理院関東地方測量部の西城祐輝さんは「地図を見ると社会のいろいろなことが分かる」として、私たちが住んでいる日本列島の特徴や災害について説明。地理院地図を示して、地図を使ってできることへと話を進めた。地理院地図で、地形や活断層の位置、空中写真などさまざまな種類の地図を切り替えながら学校の周りを紹介すると、子どもたちは身近な話題に関心を持ち始めた。

子どもたちは地理院地図の使い方などを教え合いながら実習を進めた(鳩山町立今宿小学校)

 今年度150周年を迎えた今宿小学校だが、実は設立当初は別の場所にあり、1975年に現在の場所に移転してきている。それ以前の空中写真では現在の場所に校舎がないこともデータから読み取れる事実だ。実習で普段通い慣れた通学路を地図に落とし込み、距離や土地の起伏を測るといった操作を通じて、子どもたちは自らの手を動かして地図を使って何ができるかを実感していた。

 西城さんはハザードマップポータルサイトを紹介し、家族とも話をするように促して講義を締めくくった。「まずは楽しいという体験ができたことが良かった」と言い、「防災の意識はいろいろな経路で家庭に浸透させる必要がある。中でも子どもからのルートが一番強いと言われている」と波及効果も見込む。

「地理院地図」ではさまざまな地図情報を使うことができる(鳩山町立今宿小学校)

専門機関から学ぶ機会と防災意識の育成

 国土地理院への出前講座の申し込みは鳩山町役場から行った。総務課の三澤優馬さんは、2022年7月の豪雨によって鳩山町内の各地で床上・床下浸水や土砂崩れなどの被害が発生したことが、出前講座に注目したきっかけだったと言う。

 今宿小学校校長の向田正人さんは、以前より国土地理院が運営する「地図と測量の科学館」(茨城県つくば市)へ校外学習できないかと考えたが、遠方で多くの児童を一斉に連れて出向くことは難しいと感じていた。豪雨災害の折には今宿小学校の学区内も被災。その後、鳩山町役場から出前講座の話を聞き、渡りに船と受け入れを決めたという。国土地理院のような専門機関や専門家から学ぶ機会と防災意識の育成の機会を子どもたちに提供したいという思いから授業が実現している。

 授業の最後には三澤さんらからも「災害が起きる前に備えておくことが大切」という話をし、備えの具体例として非常食のビスケットを配った。お菓子をもらって喜ぶ子どもたちに「家族と話し合って欲しい」というメッセージを繰り返し伝えた。

地理院地図を使い、ハザードマップの知識などを得た子どもたちに、鳩山町総務課の職員が防災への備えの大切さを伝えた(鳩山町立今宿小学校)

1人1台端末で学びのスタイルも変化

 現在の出前講座が実現できるのは、文部科学省が進めるGIGAスクール構想によって児童生徒が1人1台端末を持てるようになったことも大きい。各々が手元で地図を読み取って土地の成り立ちやどのような災害に気をつけるべきかという情報を得たり、自分なりの地図を作成したりすることができる。国土地理院は「小学生の頃からタブレット端末で地理院地図を利用する機会があれば、地理や測量などの分野に興味を持つ人材も増えるかもしれない」と期待する。

 オンラインならではの機動性も特徴だ。ウェブ会議ツールを使えば離島など遠隔地にある学校からの要請にも比較的容易に応えることができる。ICTの活用と定着によって、学びのスタイルも変化している。

GIGAスクール構想で整備した端末(鳩山町立今宿小学校)

世の動きを映して地理教育がより重要に

 西城さんによれば、学校現場の地理教育へのニーズも増している印象もあるとのこと。現行の高等学校学習指導要領が施行された2022年度より、高等学校の社会科では「地理総合」が必修科目となっている。長らく選択科目とされていた地理がおよそ50年ぶりに必修となる大改訂だった。その背景には、GIS(地理情報システム)の普及、社会のグローバル化、災害の規模・範囲の増大による防災やESD(持続可能な開発のための教育)の重要性の高まりといった世の動きがあった。

 学校現場では、必修科目となった地理総合を担う教員を増やす対応も必要になる。「出前講座を利用することで先生方のスキルアップにも役立つと良い」と西城さん。国土地理院が行っている地図製作や測量の最新技術、防災への貢献などに注目し、「先端的な教育をしたい」と申し込む学校もあると言う。

 高等学校に上がる前の地理教育も大切だ。現行の小学校学習指導要領が施行された2020年度からは、それ以前より1年早い3年生から地図帳を使うようになった。今宿小学校長の向田さんは実習をする子どもたちを見守りながら「小学校は基礎固めの時期。中学校に進学した後も『地図が面白い』に繋がると良い」と語った。

各々のペースで地理院地図を使ってみる(鳩山町立今宿小学校)

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