探究・STEAMの現場から

【先端科学 お届けします】ガウス加速器実習から宇宙論講演まで オーダーメード出前授業 KEKキャラバン

科学技術振興機構 総務部ポータル課 / 佐々木弥生
掲載日
2024.11.12

 学習指導要領に「総合的な学習(探究)の時間」が位置づけられ、教科等横断的な学習の推進としてSTEAM(科学・技術・工学・芸術・数学)教育が重視されている。子どもたちが探究的な見方・考え方を培い変化の激しい現代社会で活躍できるよう、教育現場では新たな取り組みに挑戦している。日頃から多忙な教員にとってその一助となるのが先端科学の意義の広報にも努めている研究機関だ。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の「KEKキャラバン」では、研究に携わっている講師が実験装置作りの実習をしたり、最先端の宇宙論を講演したりと、学校の求めに応じてオーダーメードの出前授業を作り上げている。

「ものがぶつかるとき、勢いはどうなるか」実際に体験することが生徒たち自身の発見に繋がる(東京都台東区の上野学園中学校・高等学校)

生徒自ら疑問を持ち、考えを深める

 10月下旬の夕刻、東京都台東区の上野学園中学校・高等学校理科室に集まった生徒たちは実験装置作りに取り組んだ。放課後を利用して開講する理系チャレンジ講座の1つだ。

 校長の吉田亘さんが「生徒に実験、体験的なことを経験させて、興味関心を抱かせたい」とKEKにリクエストし、KEKは磁力を利用して鉄球やビーズ玉を素早く飛ばすガウス加速器の実験講座を用意した。

 参加したのは、既に運動量保存の法則を学び理論に基づいて制作を進める高校2年生から、まずは手を動かしてみる中学1年生まで十数人。生徒は「どうしたらよりスピードを上げられるか」、「一番速くするには」と磁石の数を増やしたり、磁石を数カ所に分けて置いて「小型加速器」を連ねたりするなど生徒自らが疑問を持ち、考えを深めていく。球をより早く飛ばそうと磁石や球を手に試行錯誤するうち、予定の90分が過ぎた。

配線カバーを利用した手作りの実験装置(上野学園中学校・高等学校)

 実験の後、SuperKEKB(スーパーケックビー)など電気の力で電子や陽電子などを加速する大型加速器について講師を務めたKEK広報室の青木優美さんが説明すると、「加速器のエネルギーをロケットなどもっと大きなものを動かすエネルギーとして利用できないですか」と、答えに窮する質問をする生徒も現れた。

日本最大の加速器「SuperKEKB」は今回作ったガウス加速器より約6千万倍速い、ほぼ光の速さまで粒を加速すると説明(上野学園中学校・高等学校)

 同校では生徒の力を引き出すため、自己発見の道具としての探究学習を進めている。試行錯誤の機会、失敗から学ぶチャンスを提供できることが体験型講座の眼目である。

「既知が違うと知る」ことで迫る学びの本質

 東京都新宿区にある海城中学校では、2年生の「総合的な学習の時間」の一コマとして「宇宙のはじまり」と題する講演が行われた。生徒たちが既に理科の授業で学んだ「電子」、「状態変化」などの話も含まれるものの、教科書では扱っていないビックバン理論を裏付ける観測・研究にまで話題が展開した。講師を務めたKEK素粒子原子核研究所准教授の多田将さんは「今日は高校で学ぶ素粒子の話は省きましたが、対象者の年齢で内容を大きく変えることはありません。大人も子どもも理解力に差は無いと感じます」と言う。

宇宙の始まりから未来の姿まで、KEKの多田将さんは数百億年を行き来する壮大な話を展開した(東京都新宿区の海城中学校)

 講演は生徒の関心を引くように、映画・ドラマの話を織り交ぜたり、宇宙の理論を日常生活の一場面に例えたり、生徒の興味をひく工夫をこらした話しぶりだった。終了後には、講師控え室まで訪ねてきて質問する熱心な生徒の姿も。「(授業や本などで)既に知っていると思っていたことが違っていたと分かるのは面白い」といった声など、生徒の多くが気づきを得て、学びの本質に迫った。

 多田さんの著作を読んでいた理科教諭の竹田昌弘さんは、講演内容にも満足だったが、「KEKという機関を通じて申し込めるのでアクセスしやすかった」と歓迎した。今後のKEKキャラバンの継続を願い、他の機関で同様の取り組みが増えることにも期待を寄せた。

研究の意義を問うものから講師の日常まで、さまざまな視点から質問が出された(海城中学校)

リクエストに応じ、科学の面白さを伝える

 出前授業を行うKEKは、大規模な研究施設・設備の共同利用や研究を進めるための大学共同利用機関法人の一つである。世界有数の大規模な加速器を持ち効果的な共同研究を推進する機関であるにもかかわらず、世間一般の認知度は低い。認知度向上と公費で運営される機関としての説明責任を果たすため、15年前にKEKキャラバンが始まった。

 当初は中高生をターゲットとして職員の母校に出前授業を行う試みとされていたが、蓋を開けてみると小中高、特別支援学校などの各種学校のみならず、科学館・博物館や自治体、NPOなど、さまざまな組織・団体から依頼が舞い込んだ。幼児から大人まで延べ5万人以上(2023年度末時点で5万1777人)が研究者の生の授業を受け、科学の面白さに触れている。

KEKキャラバン受講者の内訳(2024年3月現在、KEK提供)

 最も多い受講者層は高校生だ。中学生、小学生がそれに続く。「探究授業の導入となる講義を行って欲しい」という依頼もあるそうだ。担当する講師たちは、学校現場のリクエストにできるだけ応じるよう心配りをし、言わばオーダーメードの実験・講義を行っている。

大事なのは生徒たち自身の気づき

 「探究学習白書2024」(2024年8月31日発行)の「総合的な探究の時間」に関する高校教員へのアンケート調査によると、学校外からの「支援を受けたことがない」学校の割合は昨年度の38.2%から今年度の31.9%へ下がった。残りの7割近くの学校が民間団体や大学、企業などから何らかの支援を受けたことがあると答えた。高校の「総合的な探究の時間」に限らず、児童生徒の学びに外からの支援を求める学校は多い。

 上野学園中学校・高等学校の吉田さんは、生徒を見守りつつ「気づきの瞬間をどう捉えられるか」だと語り、KEKの青木さんはキャラバンを通じて「生徒たち自身の発見を大事にしたい」と応じた。

 子どもの力を引き出すために日々心を配る先生方の頼もしい味方がここにもいる。

 「先端科学 お届けします」では学校現場で役立つ研究機関の取り組みを紹介します。

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