中学生が自由な発想で考える 「放射線」や「災害」の現場で働くロボット【STEAM教育のきざし】
「STEAM教育のきざし」の第3弾は、高校の科学部、民間企業の取り組みに続き、義務教育現場での事例として、東京都の世田谷区立千歳中学校のゼミ形式授業を紹介する。「総合的な学習の時間」を活用して、人とロボットが協働する社会について考える探究学習である。生徒自身の興味関心を刺激し、教科での学びを社会課題の解決に結びつけて考えるための工夫を取材した。
探究学習で社会課題へのアプローチを探る
2学期も残りわずかとなった2023年末。世田谷区立千歳中学校のある教室に、タブレット端末を持った2年生たちが続々と集まってきた。机の上には、生徒たちがグループごとに学習玩具の教材を用いてプログラミングしたロボットが4体置かれている。この授業では、2023年6月までITエンジニアとして会社で働いていた加藤信之さんをゲストティーチャーに迎え、「プログラミングはどのように社会に役立つか」を学ぶことになっていた。
「まず、こういう話をするときに大事なのは『定義』です。皆さんもプログラミングとは何かを調べ学習でいろいろ調べていると思いますが、ここで改めて定義を押さえておきましょう」と加藤さんが生徒たちに語りかけ、ゲストティーチャーの講義が始まった。
これは一般的な教科の授業ではなく、「総合的な学習の時間」に行う「探究学習」の一コマ。探究学習は教師が一方的に教えるという従来の授業とは異なり、「生徒が自ら課題を設定し、その課題解決に向けた活動を発展的に繰り返していく」という一連の学習プロセスを指し、文部科学省が総合的な学習の時間の中心に据えているものだ。生徒たちが積極的に意見を出し合い、コミュニケーションを活発にとりながら進められていくゼミ形式で、学習プロセスにSTEAM教育が取り入れられている。
総合的な学習の時間を担当する理科教師の青木久美子さんは、教科の枠にとらわれると探究的な学びが抑制されると考え、総合的な学習の時間が導入される前から教科横断型の授業を意識してきたという。「理科で学ぶ自然の法則や原理だけ覚えてもつまらないし、すぐに忘れてしまいます。法則や原理を実際の暮らしと結びつけ、生活の中でどう応用されているかを学ぶのに、STEAM教育は相性がいいと感じています」と話す。
総合的な学習の時間で通年講座を実施
青木さんが担当する講座は「放射線下や災害現場で働くロボットを考える」がテーマで、全10回で構成されている。千歳中学校では総合的な学習の時間を使った通年講座が各学年で8講座ずつ開設されており、青木さんの講座もその1つだ。生徒は自分の興味関心をもとに講座を選んで参加する。講座はすべて国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」に関連するテーマで、各担当教師が自由な発想で組み立てている。
テーマの設定で青木さんが念頭に置いたのは、中学1年の理科で学ぶ「地震や火山による災害」、中学2年の理科で学ぶ「放射線」。それらの学習項目に、小学校の算数で学ぶ「プログラミング」と、生徒たちが興味を持ちそうな「ロボット」を掛け合わせた。「瓦礫で人が入れない災害現場や、人間や生物にとってリスクの高い放射線下で、ロボットが活躍していることを生徒はあまり知りません。そこを結びつけて考えてもらえたら、私としてはうれしいですね」と青木さんは話す。
講座の流れとしては、1学期に生徒たちはまず、災害現場で人を助けるレスキューロボットや、東京電力福島第一原子力発電所の事故現場で作業するロボットなどの記事を「サイエンスウィンドウ」で読み、ロボットが活躍する現状について調査した。夏休みの間に「どんなロボットを作りたいか」を考えて、それをもとに2学期は「放射線下で働くロボット」「災害現場で働くロボット」の2グループに分かれて話し合った。また、市販の教材で、実際にロボットをプログラムで動かしてみる体験もした。3学期にはいよいよ、自分たちが作りたいロボットをプログラミングして発表する。これがこの講座のゴールだ。
社会の「本物」に触れて新しい視点に出合う
3学期のロボット制作を前に、自分たちのアイデアを具現化するためのヒントを得ようと設けられたのが、この日のゲストティーチャーの授業だった。ほんの半年ほど前までITエンジニアとして活躍していた加藤さんがゲームや教育、医療など身近な分野でのプログラミング事例を紹介すると、「これにもプログラミングが!?」と興味津々の生徒たち。「では、家の中でプログラミングが使われているものはあるかな?」と加藤さんが問いかけると、「お風呂」「ルンバ(ロボット掃除機)」「洗濯機」と教室のあちこちから声が上がった。
「実社会に根づいた技術や考え方など、『本物』に触れると生徒たちにはそれが分かるんです。ゲストティーチャーが提示する新しい視点は生徒たちの発想を触発してくれます。普段はあまり発言しない生徒も、今日は加藤さんの問いかけに対して一生懸命考えて発言していました」と青木さんは生徒の積極的な姿に目を細める。
探究学習をゼロから組み立てることは、教師にとって負担が大きい。教師一人では最新情報のキャッチアップが難しい専門外ともいえる分野を探究学習で扱う時に、社会で実際に活躍する外部の人は大きな助けとなる。そのため、青木さんは以前から総合的な学習の時間では外部講師を招いた授業を行ってきた。
青木さんは、職業について話してもらう「キャリア教育」で外部講師を授業で招く機会が多いことやその重要性を指摘しつつ「キャリア教育とは別にSTEAM教育の一環として専門家を講師に招き、本物のサイエンスとテクノロジーの授業を作っていきたいという思いもあります」という。
ドラえもん的発想に期待
では、生徒たちはどのようなロボットを作ろうとしているのだろうか。この日、生徒たちは現段階でイメージしているロボットを1人ずつ発表した。「人を癒やすロボット」「災害のどんな場所でも歩けるロボット」「災害現場の位置情報を伝えるロボット」「放射線を検出してサイレンを鳴らすロボット」など、これまでの学習で得た知識を基にしたさまざまなアイデアが出た。
授業が終わってから加藤さんに感想をたずねると、「人を癒やすロボット」というアイデアに感銘を受けた様子。「生徒の多くが『何をするのか?』という手段としてのロボットを語っていましたが、『何のために使うのか?』という目的から考える生徒もいて意外でした。また、ロボットと人との関わりに着眼していたことも印象に残りました」と加藤さん。
加藤さんの言葉に青木さんもうなずく。「一見すると実現不可能に思える『ドラえもん的発想』こそが、未来のイノベーションにつながると思うので、生徒たちには自由に発想してもらいたいですね」と青木さん。ただ、生徒の自由な発想を引き出すには、どんな意見も無視されたり否定されたりしない環境も大切だ。青木さんは日頃から「誰かが話しているときはちゃんと聞こう」と生徒に伝え、どんな意見であっても安心して発言できる雰囲気づくりに努めているという。
未来を生き抜く力を育む
この日の授業を振り返って、青木さんは「生徒たちにとって『ロボットと言えばペッパーくんや猫型ロボット』といった断片的なロボットのイメージだったが、加藤さんの話を聞いたことでより具体的になったようです。『プログラミングによるソフトウェアだけといった形のないものもロボットと考えられると知った』という気づきを得た生徒もおり、3学期に予定しているロボット制作に向けて大きなヒントになったと思います」と評価する。
各教科での学びを現実社会の課題解決に結びつけ、「これから自分たちはどう生きるか」を考えることもSTEAM教育が目指すところである。その一方で、青木さんは公立学校でSTEAM教育を推進することに課題も感じているという。
「生徒たちが自分の好きなことをとことん追求する時間を持てないというのが公立学校での現状です。音楽が好きでずっと音楽をやりたくても、体育の時間には体育をやらなければなりません。教科の均一性を重んじる義務教育の目的達成と、個人の興味関心を追求できる時間の両立をどう考えるかが、次の課題ではないでしょうか」と青木さんは話す。
たとえ今は十分ではないとしても、「自分で選択できる探究学習の時間が学期に数回でもあることが大事」だと青木さんは考えており、「少しずつでも継続していきたいですね」と意欲を見せる。未来を生き抜く力を育もうという、義務教育の現場での挑戦が始まっている。
青木久美子
世田谷区立千歳中学校 主任教諭
東京理科大学理学部第二部物理学科卒業。世田谷区立中学校の教員として長年にわたり理科教育に携わる。千歳中には2013年に赴任した。近年は生徒たちが自ら社会課題へのアプローチを考える探究学習の推進に努める。
加藤信之
筑波大学人間学群卒業。2023年までシステムエンジニアとして活躍。金融に関わるシステムの開発や保守に携わった。青木さんの家族と友人であることから青木さんとは以前から面識があり、今回ゲストティーチャーを引き受けることになった。
関連リンク
- 世田谷区立千歳中学校
- Webマガジン|Science Window 2024年冬号「STEAM教育のきざし」