探究・STEAMの現場から

高校生が廃棄物からセスキ合成に世界初挑戦【STEAM教育のきざし】

Science Window 2024年冬号「STEAM教育のきざし」より再掲
掲載日
2024.06.01
セスキの結晶を顕微鏡で確認する生徒たち

 いま、科学技術を通じて社会課題の解決を目指す若者たちの取り組みが注目されている。その代表的な事例のひとつが、愛媛県立西条高等学校の科学部SSHセスキ合成班の活動だ。洗浄剤の原料となるセスキ炭酸ナトリウム(セスキ)を廃棄物から合成しようという、世界で初めての挑戦である。この取り組みは教科の枠を超えてさまざまな情報を活用、統合し、実社会での問題発見・解決を目指すSTEAM教育のヒントとなりそうだ。

アワードやコンテストで高評価

 お堀に囲まれた江戸時代の陣屋の跡に建つ愛媛県立西条高等学校は、120年を超える歴史をもつ伝統校だ。そして、愛媛県東予地域初のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)でもある。

 その校舎の一角にある実験室が、西条高校科学部の活動拠点だ。ここで、SSHセスキ合成班はおむつ灰の主成分である炭酸ナトリウムから洗浄剤に使うセスキの生成を目指してきた。彼らの活動は、自主的かつ高度な研究活動が評価され、科学技術イノベーション(STI)を用いて社会課題を解決する優れた取組を表彰する「STI for SDGs」アワードで2022年度最優秀次世代賞を獲得。また、同年の高校化学グランドコンテストの書類審査では上位2チームに入り、23年2月に台湾で開催された世界大会への出場も果たした。

※スーパーサイエンスハイスクールは文部科学省により指定され、先進的な理数教育を実施するとともに、将来国際的に活躍し得る科学技術人材等の育成を図ることを目指している。

2022年度 「STI for SDGs」アワード 最優秀次世代賞 に輝いたSSHセスキ合成班

自分たちの街の課題は自分たちで解決

 この研究は2021年春、西条市に紙おむつや生理用品等の製造工場を持つ花王が、地域貢献活動の一環の教育支援として研究テーマを提案したことでスタートした。「おむつ灰を農作物の肥料に使うとか、有効利用する方法を考えてほしいというお話で、私も生徒たちもびっくりしました」と科学部顧問の大屋智和さんは振り返る。

 花王と京都大学は同年から包括共同研究を開始し、西条市内のこども園で「使用済み紙おむつの炭素化リサイクルシステム」に向けた実証実験を行っている。リサイクルにおいては炭素利用後にできる灰を活用することも重要であるため、地元・西条市の高校生にも活用法を検討してもらうことにしたのだ。

 この話を聞いた部員たちは、ぜひやってみたいと研究チームを結成した。その中心となったのが、当時2年生で現在は大阪大学工学部1年の曽我部亮(そがべりょう)さんだ。

 ごみ問題のことはそれまで知らなかった曽我部さんだが、調べると、西条市の生活系ごみの排出量は愛媛県内の市町村で最も多く、リサイクル率は最も低かった。「自分たちの街の課題は自分たちで解決しなければ」と思い、挑戦することにしたという。

ごみ問題は西条市が抱える課題のひとつだった(西条高校提供)

一石三鳥の成果を目指す

 おむつ灰の成分のデータは花王から提供を受けていた。最も多く含まれるのは炭酸ナトリウムなので、それをどう活用するか。部員たちは先行研究をいろいろと調べ、話し合いながら活用法を模索した。

おむつ灰からセスキの合成を発案した曽我部さん(曽我部さん提供)

 そこで炭酸ナトリウムが二酸化炭素を吸収することを知った曽我部さんは、仲間たちに方向性を提示。賛同が得られたのでさらにリサーチを進めたところ、炭酸ナトリウムからセスキが生成されることを発見した。「要らないものを使って二酸化炭素を回収しながら使えるものを作るという、一石三鳥の案が浮かびました。それをみんなに話したら『面白いな、やってみよう』ということになりました」

失敗の経験を新たな開発に生かす

 炭酸ナトリウムと二酸化炭素を反応させたときにセスキが生成されることは先行研究で明らかになっていたものの、セスキのみの合成を目指すのは、世界で初めての試みだった。

 花王や京都大学の研究者に伝えると、高校生たちの着想に感心し、アドバイスを送ったり生成物の分析を引き受けたりと、積極的に関わってくれたという。セスキの合成がなかなかうまくいかず、苦慮していた時には「京大の先生から、相図(そうず)を使ってみたらと勧められました」(曽我部さん)。

 相図とは物質が温度や圧力といった諸条件で気体・液体・固体のどの状態になるか示した図で、さまざまな条件を試していくうちに、セスキの結晶が生成されるようになったという。

 次は収量を増やしていく段階だが、ここでは手違いが予想外の成功に結びついた。合成された試料をろ過する際に誤ってエタノールを入れてしまい、その場にいた誰もが失敗だと思ったものの、分析するとセスキの結晶が多くできていたのだ。部員たちが理由を調べたところ、エタノールは貧溶媒なので水と混じると試料が溶けにくくなり、セスキの収量が増えたことがわかった。それ以来、合成の過程で必ずエタノールを添加するようになった。

西条高校の生徒たちが行った実験の流れ(西条高校提供)

 こうしてチームを引っ張り大きな成果を残した曽我部さんだが、実は1年生の間に取り組んだ研究は失敗続きで、「失敗の原因をいろいろと知っていたので、そうならないように思考することを心がけました。それがスムーズに進んだ理由だと思います」と語る。失敗の経験も、彼らの糧となって成長に寄与しているのだ。

おむつ灰をろ過して炭酸ナトリウムに

 この研究を受け継いだ後輩たちは、実際におむつ灰を利用してセスキの生成を目指したが、これも一筋縄ではいかなかった。

 「まずおむつ灰をろ過して不純物を取り除かないといけないのですが、それがなかなかうまくいかなかったんです」と3年生の新本友季(にいもとゆうき)さんは語る。ろ過しても炭酸ナトリウムを抽出できないのであれば、先の段階には進めない。

 ここで研究は3~4カ月ほど停滞したが、化学の授業で得た知見やSSH発表会での審査員のアドバイスを生かして試行錯誤を繰り返すうちに、活路が見いだされた。セライトという珪藻(けいそう)土をベースにしたろ過助剤を添加することで、不純物が多くてもろ過できるようになったのだ。

 その後、炭酸ナトリウムの純度は51パーセント程度まで向上。一方、セスキの収率は不純物があるほうが高くなるという実験結果も出ていて、純度が高いほど良いとは限らないようだ。この謎を解き明かすべく、現在は2年生が中心になって研究を進めている。

炭酸ナトリウムにエタノールや水酸化ナトリウムを加えた反応液に二酸化炭素を送り込み、セスキを合成する(左)。合成された結晶を分析し、セスキの量を確認する(右)
おむつ灰(左)、おむつ灰から作ったセスキ(中央)、右は試薬の炭酸ナトリウムから合成したセスキ

ディスカッションで思考力を養う

 現在の活動の主力である2年生たちは、おむつ灰以外の原料からもセスキを生成しようとしている。「炭酸ナトリウムが主成分というごみは少ないので、さまざまなごみに含まれている食塩からセスキを合成して、さらにごみを削減しようとしています」と植田紗世(うえださよ)さんは説明する。そこで西条市から廃棄物由来の食塩を提供してもらい、実験を進めているという。そして「先輩たちに教えていただいたように、後輩にいろいろなことを伝えていきたい」と語る。こうして後の世代にも研究は受け継がれていくのだ。

 このような関係性を構築できているのは、部員たちの積極的なコミュニケーションによるところが大きい。班内では頻繁にディスカッションを行い、問題点の検証や解決策について真剣に話し合っている。それによって各人の思考力が養われ、成果に結びついていると大屋さんは言う。

部員同士の活発なコミュニケーションは、成果を生み出す原動力だ

商業科との連携などで、さらなる進展を

 彼らの活動は校内での実験やディスカッションばかりではない。近隣の小中学校で出前授業をしたり、コンテストやアワードに応募したりと、校外でも広く活躍している。

 今年2月には台湾での国際大会に参加し、新本さんと横井良音(よこいりょうと)さんが英語でプレゼンテーションを行った。来年3月には2年生の部員2人がチュニジアで行われる大会に参加する予定だ。自分たちの研究を論文にまとめて発表することで、プレゼンテーションの力も養われるだろう。

 さらに、台湾での経験から、新本さんは英語を学ぶ意欲もさらに向上したという。それまでは受験の科目だとしか思っていなかったが、実は海外の人々の交流に役立つ重要なツールなのだと認識したそうだ。

 これまでの活動について「西条市の課題に対して産官学連携で、まさに理想的な形で取り組めていると思います」と語る大屋さんは「今後はセスキ製品の販売もやっていきたいですね」と商業科との連携を見据えて展望を述べる。

 近年、論理的思考力や問題解決能力を身につけ実社会での活用に生かすSTEAM教育が文部科学省によって推進されているが、「STEAMを地でやっているのが本校の教育だと思います」と大屋さんは胸を張る。こうして養われた若い力は既に社会を動かし始めており、今後さらに大きな力となって数々のイノベーションを生み出すことだろう。

台湾での国際大会にて。大屋さん(右から2人目)、横井さん(右から4人目)、新本さん(左端)(西条高校提供)

愛媛県立西条高等学校科学部

1896年、愛媛県尋常中学東予分校として開校。戦前の中学校と高等女学校が統合され、1950年に現在の名称となる。2018年よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定。科学部は地域に密着した研究に取り組んでおり、コンテスト、アワード等の受賞多数。

大屋智和

愛媛県立西条高等学校 教諭
2016年、京都大学大学院工学研究科修士課程修了。愛媛県立松山中央高等学校教諭を経て、19年より現職。

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