ニュース

研究倫理の知識を得て、飛躍する生徒たち 学校現場の実例から

佐々木弥生 / サイエンスポータル編集部(Science Portal サイエンスクリップ(2025.05.13)より再掲)
掲載日
2025.05.14

 学校現場で探究学習やSTEAM(科学・技術・工学・芸術・数学)教育の取り組みが広まる中、生徒たちが自ら研究を進める場面も増えてきた。研究倫理の知識・配慮は必須だが、生徒への指導は現場の教員が一手に担うことも多く、学校の対応には温度差があるのが実情だ。研究倫理の啓発に取り組む一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)の教材や、教員と研究者から知識を得て生徒が飛躍した実例から浸透へのカギを探った。

大人が予期する以上に高校生は伸びる

 学校教育の中で推進している「探究」とは、実社会や実生活の中から問いを見いだし、自ら課題を設定して情報収集・整理分析を行い発表するまでの学習活動全体を指す。学習指導要領では「総合的な探究の時間」をはじめ探究に取り組む科目を定め、子どもたちは探究の過程を通して課題を解決するために必要な基本的な資質・能力を育成する。

 学習活動の成果を発表し評価を得る機会となるコンテストも盛んに開催されている。発表内容は学校内の教育活動の範囲を超え、学術的価値や社会的インパクトの大きな研究活動と見なされるものも多い。学校関係者でなくても、インターネットの情報やニュース記事などで高校生の優れた研究成果に舌を巻いたこともあるだろう。

 APRINの中等教育系分科会は、研究倫理の知識を持たずに十分な対応や配慮をしなくても研究を進めることができてしまう現状に警鐘を鳴らし、生徒と指導教員に向けた教材を作成・公開している。研究や学習の機会を制限するのではなく、研究成果を発表する段階で研究不正とされてしまわないよう、国際基準により厳格な倫理的配慮を求められても生徒たちが臆することなく研究に取り組めるようにすることが目的だ。

 同分科会の長を務める東京工業大学(現・東京科学大学)名誉教授の岩本光正さんは、「高校生がどのレベルまで研究できるかを分かってほしい。国際学生科学技術フェア(ISEF)などの代表的なコンテストの発表内容は大学院レベルまで達している。大人が予期する以上に高校生は伸びる」と語る。

一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)がオンラインで配信する中等教育向け教材と、紙冊子でも配布しているハンドブック

 では、実際に研究を進める生徒はどのように倫理上の課題に取り組み、教員などのサポートを得ているのだろうか。日本科学振興協会(JAAS)が主催するイノベーションユースに参加した2名のケースを紹介しよう。

幼少期の体験から抱いた問いへの答えを得る

 イノベーションユースは、10代の若者がメンターの支援を受けて自らの研究テーマや社会課題を解決するアイデアを実現し発表する、育成型のプロジェクトだ。徳島県立城ノ内中等教育学校で学んだ齋藤遥さんは、2023年度のイノベーションユース season2に参加した。

 もともとは総合的な探究の時間の学習として、教科書などのデザインが学習意欲にどう影響するのかに着目し、研究をスタートした。文字のフォントやサイズ、色の濃さや行間などの要素の変化により学習意欲を高める効果を調査。得られた結果から意欲を向上させるデザインモデルを作成し有効性を検証した。

日本教育工学会2024年秋季全国大会で、オンラインでのポスター発表をする齋藤遥さん(齋藤さん提供)

 齋藤さんが研究テーマを決めた原点には、母親が市販の問題集のページを拡大コピーしたことで「簡単そうに見えて勉強する気になった」幼少期の体験があった。インターネット上の教育ブログなどでも似た経験を語る人がいると知り、研究対象にしようと考えた。JAASの担当者としてイノベーションユース実施に携わる九州大学准教授の大賀哲さんは、齋藤さんたち生徒の取り組み方を「自分の中に原体験があり、そこで抱いた問いに研究を通じて答えを得ていく」と捉える。

きっかけを得て知識を吸収し、研究に取り入れる

 齋藤さんは、研究に必要な倫理的配慮について「研究に限らず日常において倫理的に気を付けた方が良いことと、研究を進める上で留意しなければならないことの2つの面で捉えている」と言う。前者は研究に取り組む前からディベート活動などを通じて身に着けていた。

 研究では色覚特性を持つ人の見え方も調査したが、アンケートを作成する際に「色覚障害」といった身体上の優劣をつけるような表現は避けた。ただ、色覚特性と単純に言葉を置き換えるだけではその言葉を知らない被験者には伝わりづらくなってしまう。このため「何か見えにくい色や判別しにくい色がある人は色覚特性ありとなります」という注釈を加える工夫をしたと言う。

 研究上の観点について、同校で3年間、齋藤さんの担任を務めた和泉太輔さんは、英国の大学院留学時の経験に照らして日本の教育現場では研究倫理の意識づけが十分ではないことを問題と捉えていた。盗作をしてはいけない、引用はルールを守って行う、アンケート調査をする際の留意点など、折に触れクラス全体に注意喚起を促していた。

 和泉さんが「海外ではこういうのが普通だよ」と被験者と交わす同意書を示すと、齋藤さんは即座に自分の研究にも取り入れた。当初から「できたら学会にも出したい」と考えていた齋藤さんは、和泉さんの教えだけでなく、イノベーションユースのメンターらのアドバイスや発表会で他の生徒が受けるコメントなどからも素直に知識を吸収した。6年生(高校3年に相当)の時には日本教育工学会の2024秋季全国大会で研究成果をオンライン発表。「自分はきっかけを与えただけ」と和泉さんは振り返る。

研究倫理の指導やアドバイスも受け、調査計画を練った(日本教育工学会2024年秋季全国大会発表資料より、齋藤さん提供)

理想に近づくために子ども食堂を研究

 同じくイノベーションユース season2に長崎県立諫早高等学校から参加した川井和さんは、同校の課外活動「パクパクプロジェクト」への参加をきっかけに、子ども食堂をテーマにした研究を行った。もともと貧困問題に関心を持っていた川井さんは、先輩からプロジェクトに誘われて通うようになったと言う。しかし実際に参加してみると、貧困世帯など子ども食堂を必要とする人々が参加していないことに気づき、「どうしたら理想に近づけられるか」と研究を始めた。

 子ども食堂参加者や諫早市民へのアンケート調査、大規模な子ども食堂の企画・開催、他の子ども食堂やフードバンクの調査などから、子ども食堂の意義は貧困世帯を食事・食料の形で直接支援することにあるのではないという結論に行き着いた。「地域にコミュニケーションの場を作り社会で包括的に関わることが、結果として貧困支援になる」

2024年1月に九州大学主催のシンポジウム「共生をイノベーションする—まちづくりとEBPM」で自身の活動を発表する川井和さん(大賀さん、川井さん提供)

 同校教員で「総合的な探究の時間」のプログラム設計を担う後田康蔵さんは、研究計画を立てるところから発表のマナーや引用・参考文献の引き方に至るまで、校内の講座で生徒たちに指導している。川井さんのメンターを務めたときのことを「貧困にかかわる研究であることから、調査はプライバシーに十分に配慮する必要があった。アンケートの作りなどはかなり一緒に考えた。また、アンケート標本に偏りがないように、パクパクプロジェクトのイベントに参加しない人たちにも調査対象を広げるなど試行錯誤した」と研究倫理を浸透させるための過程を振り返る。

研究を通じて自己実現をし、社会を変える

 川井さんの研究は、子ども食堂の実践としてイベント自体の効果を高め盛り上げるという側面と、客観的な調査研究により貧困家庭への効果的な支援のあり方を導き出す側面の両面のバランスをとるところが勘所だった。

 活動を多くの人に知ってもらい持続的な活動にするために、同じクラスの生徒らにも輪を広げ、諫早市内の全ての高校にポスターを張って仲間を募集。2024年1月に九州大学アジア・オセアニア研究教育機構が主催したシンポジウムでも積極的に発表した。

 長崎県議会の議員の面々にお金や食材が集まるシステムを提案した際には、議員らは「負担が増えてしまうから、県としては難しい」といった後ろ向きな発言に終始した。その時は落胆したが、後に川井さんが登壇した公開ワークショップに、最もネガティブな発言をした議員が姿を見せた。子ども食堂を手伝う議員も現れたそうだ。「少しでも伝わっていたんだ。繋がってはいるのかな」

2024年4月に諫早高校で開催した「パクパクプロジェクト」参加者に提供する食事を用意する(川井さん提供)

 川井さんは昨年度末に卒業し、パクパクプロジェクトは後輩たちに引き継がれている。後田さんは、寄付で成り立つ子ども食堂は比較的リスクが少ない事業と評する。「リスクがあってもより持続可能で効果的な活動をしたい」という川井さんの言葉を印象的に覚えているそうだ。

 大賀さんは「生徒たちの取り組みには、純粋に探究心から始まる研究もあれば研究を通じて社会問題にアプローチするものもある。大学中心の研究者の世界では、後者は必ずしも高く評価されないこともあるが、中高生の間は研究を通じて自己実現をし、社会に働きかけていくような成長のかたちがあって良い」と語る。

 研究でイノベーションを起こす可能性も、社会問題の解決に向け新しい取り組みを始める可能性も、子どもたちの将来は多方面に開かれている。学校での学びを通じて得られた研究倫理の知識が子どもたちの飛躍を支える礎となる。

関連リンク

一覧に戻る