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グローバル化社会の研究公正、中等教育から学びを 信頼しあえる基盤作りで議論

佐々木弥生 / サイエンスポータル編集部(Science Portal レポート(2025.03.31)より再掲)
掲載日
2025.04.01

 科学の発展を支える要素として、論理的な思考、柔軟な発想、実験や調査を続ける粘り強さなどの前提に信頼が挙げられる。科学者が互いに信頼しあい、社会からも信頼される基盤を築くのが公正性だ。一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)はグローバル化が進む社会が抱える研究公正・倫理を巡る課題について、都内で会議を開催。登壇者らは中等教育のうちから学ぶ必要性を説くなど活発な議論を交わした。

2024年度全国公正研究推進会議の全体会は東京大学安田講堂で行われた(APRIN提供)

現場の一人一人が開かれた研究環境や技術を守る対応を

 昨今、研究公正は従来から広く認識されている論文のねつ造、改ざん、盗用の防止に留まらず、人工知能(AI)などの情報通信技術(ICT)の進歩や研究活動の国際化に伴う新たなリスク増加への対応も含められている。

 こうした中、APRINが今年2月12日に開催した2024年度全国公正研究推進会議は「国際化」をテーマとし、まず全体会でAPRINの理事長や専務理事を務める3人が基調講演を行った。

 自治医科大学学長の永井良三さんは、医療・医学研究の観点から生成AI時代の研究公正の新たな課題について述べた。情報を提供する側、生成AIモデルを作る側や活用する側にも権利と責任が生じる。内閣府が進める第3期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)医療生成AIプロジェクトの経験から、個人情報保護法が定める学術例外の対象に公衆衛生研究の担い手である民間の病院などが含まれないなど、科学技術研究を規制する法令やガイドラインが抱える不整合な点を列挙した。

 続いて国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)名誉研究員の長井寿さんが、ウェルビーイング(心身の健康と幸福)向上を支える社会基盤について語った。実体験に基づく一次情報や実験・調査によって得られるデータを活用するプラットフォームの重要性と海外動向を示し、データや知的財産権などへの攻撃・侵害は研究者・技術者の身近で起こると指摘。研究現場にいる一人一人が自由で開かれた研究環境や貴重な技術を守る対応が必要と訴えた。

 信州大学医学部招待教授の市川家國さんは、研究不正が起きた後にそれを防ぐための規程を作るのでは国際的なスタンダードとは時差が生じることや、日本では個人情報利用のリスクと人類・社会の利益のバランス検討ができていないことを指摘。また、研究者は自分自身の研究で不正を生まない・成果を上げるというだけでなく、査読者の立場として不正を生ませない・成果を上げさせることも必要と述べた。

公共財としてのデータ利活用、権利侵害リスクと照らし議論を

 パネルディスカッションでは、APRIN理事も務める一橋大学法科大学院客員教授・弁護士の児玉安司さんが最初の話題提供を行った。医療生成AIが作られる世の中で医療基盤情報の確立や法制度改革、医療AI開発特区の創造などの政策が求められると提言した。

 続いて一般社団法人次世代基盤政策研究所代表理事・研究所長の森田朗さんが、欧州連合(EU)における健康医療データ利用の基盤となる「European Health Data Space(EHDS)」をモデルとして紹介した。そして、個人情報の二次利用の際に個人の同意をどこまで取るか、データの質の担保など、日本が取り組むべき課題を挙げた。

全体会のパネルディスカッション。左から市川さん、長井さん、森田さん(APRIN提供)

 異なる分野の専門家が集う場で、倫理の視点の違いも俎上(そじょう)にあがった。長井さんは材料分野では一次情報は明かさない不文律があるとして、データの秘匿と公開のバランスが重要と話した。市川さんは、日本は米国などに比べて保健医療や社会保障制度が進んでいる一方で医学研究への投資が二の次にされる側面があることに触れ、「将来に向けた投資への国民の理解が必要」と主張した。

 森田さんは「医療行為についてのインフォームドコンセント(十分な説明と同意)と情報利用とは別」としたうえで、「データそのものも公共性を持っている。デジタル公共財として国民の健康情報、税務や年金その他の情報を利活用することで良い社会政策を進められるならば、権利侵害のリスクとも照らして議論を深める必要がある」と見解を述べた。

全体会のパネルディスカッション。右から永井さん、児玉さん、森田さん。左手前が市川さん(APRIN提供)

 議論はビッグデータの時代にアカデミアが果たす役割に及んだ。

 永井さんは「データを解放するあまり、ずさんな研究は簡単にできるけれどきちっとした研究がやりにくくなるようなことは本末転倒」と指摘。「プロフェッショナリズムがあるアカデミアは厳密に研究する体制を作り、いい加減なデータが出てきた時に反論する役割がある。政治が暴走したときにそれを明らかにする役割を持つメディアとの関係と通じる。この問題は学問の自由と密接に関係する」と警鐘を鳴らした。

 児玉さんは「情報の公共性、国民全体の福利厚生を支えるための学問の自由と研究の公正、これらのことがビックデータの時代にますます重要になってきている」と結んだ。

国際基準に基づく誠実な研究対応をサポート

 全体会の後、分野ごとの分科会が開かれた。中等教育系分科会では、分科会長も務める東京工業大学名誉教授の岩本光正さんが座を率いて、高等学校の教育現場や国際科学コンテストという研究発表・交流の場における研究倫理の取り組みがテーマと説明した。

「生徒たちが研究を進める際には第三者のチェックが重要」と話す森さん

 最初の登壇者は玉川学園高等部教諭の森研堂さん。探究学習でアンケート実施などのヒトを対象とする研究を行う場合や理科課題研究のテーマ設定について、危険性やプライバシー侵害等がないかチェックする会議体を設けていると説明。中学校3年生にあたる9年生のうちにAPRINの中等教育向け教材を用いて研究倫理を学ぶことも紹介した。

 「学習指導要領には理数探究における研究倫理への配慮などの記載はあるが、実際にどのように研究倫理に配慮すべきか、といった記載はない」と、国際バカロレア(IB)基準との違いにも触れた。学校教員が研究倫理を考える機会が少ないことや教員自身のバックグラウンドに依存する側面も取り上げ、森さんが実際に指導した事例をあげて、「教員の役割は専門家である研究者などと生徒との橋渡し」と説いた。

 2人目は東邦大学理学部准教授の村本哲哉さん。「総合的な学習の時間」の本格実施とスーパーサイエンスハイスクール(SSH)開始が重なった2002年から、日本国内でも科学コンテストが急激に増えてきた。探究活動のモチベーションを高め、体系的にまとめる良い機会として科学コンテストが活用されていると説明。代表的なコンテストの一つ、国際学生科学技術フェア(ISEF)を例にとり、大学院生のレベルを遙かに超え、社会的にインパクトを与える優れた研究成果が生み出されていると話した。

 高校生の頃にISEFに参加した経験にも触れた。当時、日本からの発表者は村本さんを含めて2人。村本さんは無脊椎動物のカニを対象としていたが、脊椎動物の魚類を対象としていたもう一人の生徒だけが「必要書類がないために発表できない」という警告文を受け対応に苦慮した。厳格なルールに強い印象を受けた村本さんはその後、ISEFの基準に対応できるよう参加生徒のサポート体制を整えてきた。「国際基準に基づいて、どうすれば誠実な研究ができるかが大切」と語った。

「探究活動の延長線上にある科学コンテストが、誠実な研究活動を誘導する役割を担える」と話す村本さん

 質疑応答では、「上手く結果が出なかった生徒に対してどのように指導をしているか」という現場の問いも。森さんは専門の生物分野では一年で結果が出ないこともあるとして「ネガティブデータ(仮説に反するデータ)であっても実験計画をきちんと立て、しっかりした実験条件に基づいて取ったデータであればポジティブデータ(研究成果に結びつくデータ)だと生徒に話している」と答えた。生命に対する倫理観の醸成が必要という問題提起や、他の学校も玉川学園の取り組みレベルに達するにはどうすれば良いかといった意見も交わされた。

責任の所在や研究倫理の浸透、教員への教育も重要に

 分科会の後に全体会が再開、中等教育系、人文学・社会科学系、理工学系、医生命科学系の4つの分科会で議論された内容を各座長・副座長から報告した。医生命科学や理工学などの分野で生じた問題が全て人文社会学に適用できるわけではないが、異なる研究分野の接点を自覚し共に考えることが公正性の推進に繋がると議論が深まった。

分科会の報告をする岩本さん(左から2番目)、その右から野内さん、三木さん、市川さん

 医生命科学系分科会の座長を務めた市川さんは「研究者に勉強してほしい内容はとかく『何をやってはいけない』という各論が中心になりがち。『研究者とはどういう役割を持ち、社会に対してどのような責任があるのか』といった総論は中等教育のうちから扱う必要があるのではないか」と、教育への思いを述べた。岩本さんが「禁止事項を教えるのではなく、科学コンテストなどの成果発表に至るプロセスにおいて誠実な態度を学ぶ必要がある」と応じた。

 理工学系分科会座長を務めた電気通信大学名誉教授の三木哲也さんは、宮城県にある東北電力女川原子力発電所が東日本大震災の際に安全に停止できたのは津波被害の恐ろしさをよく知る技術者が設計に携わっていたことによるとして、「中等教育段階では、実感として分かりやすい教育が必要」とコメント。人文学・社会科学系分科会副座長を務めた広島大学高等教育研究開発センター准教授の野内玲さんは、「主体的に研究に関する責任を負ったことがない人に対して、責任の所在の考え方やそもそも研究倫理とはなにか、ということを現場でどのように浸透させるのか」と、教員への教育も重要と指摘した。

 岩本さんは各学校の取り組みにばらつきが大きいと言い、フロアにいた玉川学園の森さんにコメントを求めた。「ジャーナル投稿をしたことがない先生が大半と思うが、生徒の研究を指導しなければならない」と学校現場の大変さに触れ、「私自身は失敗も含めて(生徒に)さまざまな経験をさせたいと考えている」と森さん。

 中等教育から大学教育へと話は広がった。APRIN理事長でもある永井さんが「教育の現場でも日本に固有の問題があると感じた」と述べ、科学教育の中で研究公正・倫理を捉え直すというこの先の課題を示して、閉幕した。

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